第50話 マーキィの朝
「起きて! おーきーてーっ!」
ゆさゆさと揺すられる。
「ん……む?」
その弱く、だが激しい揺すり方に、ジークは心地よさすら感じていた。
「マーキィの姉よ、静かにしてくれないか。私はまだ眠りたいのだ」
「駄目! 今日は私と遊ぶから、もう起きて行くんだよ!」
「そうだったな……いや、ちょっと待て」
目を開けると、彼に馬乗りに勝っているマーキィの顔と、その向こうにまだ夜空が見える窓があった。
「まだ夜が明けていないではないか? さすがに早すぎるぞ?」
「今日は一日私と遊ぶんだから、早い方がいい!」
「静かにしろ、ここにはオーヴォルもいるのだ」
「じゃあ、起きて、行こう!」
マーキィは元気なのが取り柄だが、夜寝る時間は長い。
一旦寝ると、起きるのに毎日ひと悶着あるほどだ。
もう起きている、というよりまだ寝ていないのだろう。
「マーキィ、さすがにこの時間に外に出るのは危ない、朝になってからでいいだろう」
「駄目! 今から行くんだよ!」
「マーキィ、お前は分からんと思うが、夜は妖魔がそこかしこにいるのだ。この屋敷はユーリィが結界を張ってくれている上、私がいるから余程の妖魔でない限り襲ってこないが、外に出るとそうはいかん。私も他の子達のためにもここを離れるわけにはいかん」
「あ、そっか……」
「悪いな」
「うん……」
もぞもぞと、大人しく布団に潜るマーキィ。
ジークにしがみつく彼女の腕が少し震えていた。
ジークはそれを優しく撫でてやった。
あの出来事から時も経ち、そして、それ以降楽しく過ごして来たと、ジークには見えた。
だが、それでもあの時の、いや、あの時以前の恐怖は、彼女の小さな身体に刻み付いているのだ。
ジークはその小さな身体を抱きしめてやった。
マーキィは安心したように力を抜いた。
「マーキィ、そろそろ起きた方がいいのではないか?」
「んー、もう少しー」
翌朝、そろそろ朝も遅いという時間、まだ起きて来ないマーキィを起こしに戻って来たジークだが、マーキィはやはり起きなかった。
「今日は私と遊びに行くのではないか?」
「行くよー? もう少し後で―……」
「…………」
そう言うのであれば、起こす必要もない。
ジークは彼女が起きてくるまでゆっくり過ごすことにした。
「どうして起こしてくれなかったの!? もう昼じゃん!」
もう昼になろうとしていた頃、マーキィが半泣きで起きてきた。
ジークはリビングでエミルンの入れた紅茶を飲んでいた。
向かいではエミルンが座り、本を読んでいる。
いつもならオーヴォルがいて遊んでいるが、今日はマーキィの日という事で遠慮しているのだろうか姿がない。
「? いつもこの時間ではなかったか?」
「今日はいつもじゃないよ! パパと過ごす日だよ!」
ジークからすれば毎日マーキィと遊んでいるのだが、今日は特別な日だったらしい。
「一度は起こしたのだがな……」
「何度も起こして! 起きるまで起こして!」
「だが、お前は起こすといつももう少し後でと言うではないか」
「それでも起こして!」
おそらく、ジークが来るまでは、彼女は重要な時には誰かに朝起こしてくれと頼んで、その者は彼女が後でと言おうが抵抗しようが起こしたのだろう。
ジークは優しいというか甘いので、言われたとおりにしてしまう。
そこにどうしても双方に矛盾が生まれてしまう。
「マー、あなたはもうそろそろ自分で起きるようにしなさい?」
「えー、でも……」
不満げなマーキィ。
「マー、私たちはいつか結婚してここを離れるのよ? あなたは毎日夫になる方に起こして貰うつもりなの?」
「んー……分かった」
一瞬満更でもない表情をするが、姉が睨んでいることに気づき、渋々了承した。
「そう、ではご飯を食べなさい? スープを温めてあげる」
「うんっ!」
マーキィは嬉しそうにエミルンについて行く。
ジークは何となく、彼女たちがいつかどこかに嫁ぐという事実に憂鬱になっていた。