第47話 オーヴォルの遊び場
「父よ」
屋敷内で、そんな声をジークにかけて来るのはオーヴォルだけだろう。
振り返ると、やはりオーヴォルが両手を広げて待ち構えていた。
「おはよう、オーヴォル。目覚めはどうだ?」
「うむ、息災だ」
ジークがハグをしてやると、オーヴォルは答える。
多少この場面で使う言葉ではないと思ったが、特に指摘することでもないだろう。
「今日は私と遊ぶといい」
「うむ、今日は何もないから構わんが、マーキィにも聞かないとな」
「マー姉は駄目だ。私と遊ぶのがいいと思う」
つまり、お姉ちゃんと一緒じゃなく私とだけ遊んで、という事だ。
父を独占したい、という気持ちは嬉しいし分かる。
だが、父は誰か一人とだけ仲良くするわけには行かないのだ。
「ふむ……では、今日をオーヴォルと遊ぶ日にして、明日はマーキィと遊ぶ日にしてはどうだろう?」
「ふむ。一理ある。だが、姉はそれで了承するかな?」
「話してみるか。マーキィ、いるか?」
ジークは彼の部屋でまだ寝ているマーキィに聞く。
「んー? どしたのー?」
「オーヴォルが今日は私と二人で遊びたいと言っているのだ。明日マーキィと二人で遊ぶからそれでもいいか?」
「いーよー?」
「分かった、悪いな」
「んー……」
了承を確認すると再び部屋を出て、オーヴォルの待つ廊下に戻る。
「それで問題なかったようだ」
「うむ。では今日は私と遊ぶことにしよう」
口調はともかく、その笑顔は十歳の少女のそれだった。
「どこに行くのだ?」
「私がいつも行っている馴染みの場所だ」
「ふむ」
ジークはオーヴォルに付き合い、家を出る。
この貴族の隠れ家と呼ばれる街の中でも、小さめの屋敷が多く、人通りも比較的多い地域だ。
つまりは、この街なりの貧民街、と言えるのだろうか。
貧民、と言っても、この街の基準であり、おそらく下級貴族や裕福な市民なのだろうが。
「馴染みの場所とはこっちにあるのか? どんな場所なのだ?」
「酒場だ」
「酒場だと?」
十歳の娘の口から、酒場、という言葉が出て来るとは思わなかったジークは、驚いた次にどうすべきか迷った。
叱るべきか、優しく諭すべきか、受け入れるべきか。
だが、現状何も分かってはいない。
もしかすると、子供のお遊びの何かの施設を酒場と呼んでいるのかも知れない。
まずはその場所を確認することにした。
「こっちだ」
「……うむ……?」
先導して入って行ったオーヴォル。
そこは、酒場だった。
間違いはない、入り口の看板に「アラム・ケセルの酒場」と書いてある。
更に言えば、ジークはこの店の事は知っている。
この街に来た最初の日に、ここで宿をやっているか確かめたのだ。
であるから、ここが一般的な酒場であることも知っている。
「本当に、ここなのか?」
「うむ、馴染みの店だ」
十歳の娘の馴染みの店が、酒場。
これは叱るべきだろうか?
いや、そもそも、ここに出入りさせている酒場の主人はどうなのだ?
「分かった。入ろうか」
「うむ」
とりあえず、マスターに文句を言ってからでもいいだろう。
ジークは最後の最後まで出来れば娘を叱りたくはないのだ。
「私だ、いつものを」
入店すると同時に、オーヴォルは注文をする。
「あいよ、で、お連れさんは?」
「……そうだな、ノンアルコールの何かをくれ」
「それなら、グレープのでいいか?」
「ああ、それで頼む」
文句を言おうとしたが、まずは注文をしてしまった。
出鼻をくじかれ、切り出しにくくなるジーク。
「……オーヴォルはいつもここに来ているのか?」
「三年前からよく来るな。ま、営業時間と言っても昼は客も少ないし、荒くれ者も、いない、と言ってもこの街にはそもそも荒くれ者はいないが、昼は特にこの店も治安が悪くないから入れている」
「ふむ……」
そう言われると、何も言えなくなるジークだった。




