第46話 若い頃(数日前)の後始末
「おかえりなさ……どうされたのですか、お父さま?」
家に帰って来たジークを迎えたのは、シェラナだった。
そして、その顔が青いことに気づいたシェラナは、気づかわしげな表情になる。
「いや……少しやらかしてしまってな……」
今日の討伐で、若い頃に戻ったため、すぐに調子に乗り、若い頃のように、口説かないくせに思わせぶりな事をしたり言ったりして反応を楽しんでしまった。
そういう思わせぶりな態度で、彼は女性の人生を変えてしまった事もある。
今となってはそれを反省している。
だから、二度とそんな態度を取るまい、と思ったのは、もはや枯れかけていた頃だ。
若い頃の過ちはもう戻せない。
だから、若い頃に戻ったと言っても、もはや二度と同じことをしてはいけなかったのだ。
「まあ、何をなされたのですか?」
「ユーリィの潜在能力でな、若くなったのだ」
「あら、それは拝見したかったですわ」
「いや……それで、多少調子に乗ってしまったのだ」
「それは、どのような?」
「……若い女性を口説きかけたのだ」
「まあ、それは……」
「分かっている。年甲斐もなく馬鹿なことをしたとは思っている。だが、若くなった身体がついそうさせてしまったのだ」
最早若い女性に見向きもされなくなった自分。
自分自身も性欲が減衰していた。
だから、全く問題はなかった。
だが、今日、戻ってしまったのだ。
あの頃のあの甘い記憶が、実感を伴って。
精神だけは成長している、そう思っていたのに、そうではなかったのかも知れない。
「お父様、女性は口説かれると、自分が認められたと思って嬉しいものですわ。ですから、その方も、幸せだったのだと思います」
「……そんなことは」
「大丈夫ですわ? 大人の女性の方だったのでしょう? その方のお心はその方に責任がありますわ」
「…………」
納得は出来ない。
ジークからすれば年端も行かない少女だったのだ。
それを、たぶらかしてしまったのだ。
「それに、そう思われるなら、今度弁解されてはいかがですか?」
「そうだな」
「そう致しましょう。では、お疲れさまでした。お夕飯はもう少しお待ちください」
「うむ……」
それから数日後の事だ。
ジークはそれまで通り、マーキィやオーヴォルと遊んだり、シェラナの家事を手伝ったり、エミルンと話をしたり、つまりはこれまで通り過ごしていたそんな時。
「お父さま、お父さまにお客様です」
「私に? 誰だ?」
「存じません。ですが、若い女性の方です……どこかでお会いしたことがあるように思いましたが、お話はしたことがない方です」
少し、ジークを疑うような目で彼を見るシェラナ。
「私の若い女の知り合いは、お前の知っている者のみのはずだが……」
シェラナの知らない、若い、もしくは若く見える女性。
姉妹を除けば、彼女の師であるユーリィと、エイシャとレーナくらい──。
「ああ、エレナ殿かリーン殿かも知れん」
「……どなた、ですか?」
「ベックのところの者だ」
「あら、それでお会いした事があるような気がしたのですね」
「いや、だが、会ってみなければ誰だか分からん。とにかく行って来よう」
そう言うと、ジークは迎賓の間に行く。
もし、エレナかリーンであれば何故来たのかは分かっている。
落胆させるのは分かるが、現実を見せるしかない。
「失礼、お待たせした」
「あっ……え……?」
そこにいたのは、エレナだった。
彼女は、喜びの表情で振り向き、そして、ジークを見て驚き、そして戸惑った。
「あの……ジークさんは?」
「ジークは私だが」
「……え? あれ……?」
慌て、戸惑っているエレナ。
「あー……実は、な」
正直に、話さなければならない。
「あ、もしかして、あの方は息子さんが代理で来てたんですか?」
「む?」
理解した、という表情で微笑むエレナ。
「ですよねー、そう言えば、面影がありますね、お父さん」
「…………」
同一人物とは全く思ってもらえなかった。
それはそうだろう、きちんと説明しなければ、年齢が全く違うのだ。
「それで、息子さんはどちらに?」
「……今朝、旅立って行った」
エレナの期待の表情を崩したくはなかった。
「え? どういうことですか?」
「あいつはそもそも旅の冒険者なのだ。それでたまたまここに寄ったので私が行くはずだった任務に行ってもらっただけだ」
「そう、でしたか……」
残念そうな、エレナの表情。
だが、正体をばらすよりはマシだろう。
「分かりました。では、失礼します」
「ああ、済まない」
踵を返して彼に背を向けるエレナ。
「あ、それで、あの方のお名前は?」
「ふむ……ザーヴィルという」
ジークは咄嗟にかつての親友、四姉妹の実の父の名を出してしまった。
「分かりました、ありがとうございます」
にこやかに去っていくエレナ。
「これで、終わったのか……?」
ジークは、ほっとすると共に、騙してしまったという罪悪感を抱えることとなってしまった。