第45話 最高の男(過去形)
「なるほど……」
全てを理解した。
彼女たちがジークを見る目が違ったのも。
ジーク自身が彼女たちを性的に見てしまったのも。
この、若い身体がもたらしたのだ。
それを、この二人にどう説明する?
彼も自分が若い頃の姿なら女性を魅了することは理解している。
このままでは自分に恋をしてしまうかも知れない。
下手に説明して幻滅されるより、おそらくもう会うことはないし、このまま去るのが一番だろう。
「大爬虫も倒したし、今日はこれで帰るか」
「あ、あのっ! 出来ればまたこれからも──」
「…………来たっ!」
おそらく、今後も機を見て会いたい、と言うような話をしようとしていたエレナの口を止めるように言うジーク。
軽い地響きと共に、呻くような声が、ほら穴の中から聞こえる。
「まだ大爬虫がいる! ほら穴の奥からこちらに向かってくる!」
しかも、音の大きさから察するに──。
「気を付けろ! さっきのより大きな個体が来る!」
どすどすと、ほら穴から響いてくる足音は、壁のあちこちに跳ね返って更に大きくなっている。
とは言え、ほら穴の大きさ、そして音の様子から、ジークには奥にいる大爬虫の大きさは大体把握できる。
先程のものよりもかなり大きい事は分かる。
「ど、どうしよう、私たちだけでは無理かも……!」
「さすがに疲れている。もう一度同じことは出来ない……」
慌てているエレナとリーン。
「大丈夫だ、任せておけ」
だが、ジークなら、若い、今のジークなら、たかが大きな蜥蜴など取るに足りない。
何しろ、彼は古代竜を倒した頃の彼なのだ。
ゆっくりと剣を抜き、ほら穴から出て来るのを待つジーク。
「な……っ!」
「に、逃げよう!」
現れた大爬虫は、先ほどのものよりかなり大きく、それはもう、ドラゴンと言ってもいいような大きさだった。
先程の大爬虫ですら嫌悪を抱いたエレナが腰を抜かしそうになっている。
「グギャァァァァァッ!」
大爬虫は、死んでいる大爬虫、おそらくつがいだったのだろう、その死骸を見て、吠える。
それは、冒険者をすら怯えさせるほどの音だ。
エレナだけではなく、リーンも、怯えているように思える。
「ふんっ!」
だが、それでも、ジークの敵ではない。
一閃。
辺りに、突風が吹く。
──いや、ジークは刀をただ、左から右へと動かしただけだ。
それだけで、その巨大な大爬虫は二つに分かれた。
「グキャー! グギャァァァァ!」
爬虫類の悲しさか、いまだ切られたと思っておらず、蠢いているのだが、おそらくすぐに動きを止めるだろう。
ジークは刀を納める。
今のジークからすれば、これらは雑魚に過ぎない。
この程度では何の感慨もない。
「これで、終わりか?」
動きが止まりつつもいまだに痙攣している大爬虫に怯えている二人をよそに、ジークは、ほら穴からの気配を探る。
気配はもうない。
おそらくこの二頭だけだったのだろう。
「終わったようだな。では帰ろうか二人とも」
「あ……はい……」
「うん……」
緩慢な動きで、二人が応える。
「……あれ? あ、あれ?」
尻もちをついていたエレナは、立ち上がろうとして、腰が抜けて立ち上がれないことに気づく。
「しょうがないな、ほら」
ジークが手を差し出す。
「あ、はい……」
エレナはその手を恥ずかしそうに取り、ジークは立ち上がらせる。
「エレナ、君は、実は冒険者じゃなかったんだろ?」
「へ? あ……わ、分かっちゃいました?」
いきなり口調の変わったジークに驚きつつも答えるエレナ。
「強い弱いは人によるだろう、けど、大爬虫程度であそこまで慌てることは冒険者にはないからな」
「…………」
うつむき加減で、ジークの様子を窺うエレナ。
その表情が可愛く映ってしまったジークは少しから買いたくもなった。
「悪い子だ」
「っ!?」
エレナの腰を引き寄せ、顔を近づけながら囁くような声で言う。
「ベックには秘密にしておくよ」
「は、はい……」
「この秘密は、ここにいる三人だけのものだ」
「はいっ!」
「リーンも、いいかな?」
「う、うん、でも、私はベック様の愛人で……」
「ふうん?」
ずい、と顔を近づける。
「っ! っ!?」
無表情のはずのリーンが顔を真っ赤にして焦る。
実に嗜虐心をそそる。
だが、これが限界だろう。
「だったら、もう、帰ろうか」
全盛期の笑顔で、二人にそう言って、三人は変えることにした。