第44話 若い頃のように
これほどの至近距離であれば、先ほど立てた作戦は使えない。
どうする?
いや、だが、向こうはこちらに気づいていない。
これは、チャンスだ。
大爬虫は頭が巣に入っていて、こちらの気配に気づいていない。
ここは硬い表皮を突き刺してから──。
「きゃぁぁぁぁぁぁっ!?」
ジークの背後からの悲鳴。
「エレナ殿!? どうした?」
「う、う、う、う、鱗ぉぉぉぉっ!」
我を失っているエレナは、どうやら、巨大な爬虫類である大爬虫のグロテスクな見た目に恐怖しているようだ。
「落ち着け、ただの大爬虫だ。遭遇は初めてか?」
「いやっ……いやぁぁぁぁっ!」
大爬虫の見た目はただの大きな爬虫類だ。
確かに、気持ちのいい見た目ではないが、冒険者なら普通に討伐する事くらいあったはずだ。
経験がないにしても、これだけ騒ぐような事ではないし、この程度で騒ぐようなら冒険者などやっていられないだろう。
……いや、今それを考えている場合ではない。
「落ち着け、エレナ殿! まずは黙ってくれ!」
「いやっ! 駄目! 来ないで!」
明らかに、大爬虫を呼び寄せるような甲高い声を挙げているエレナ。
「落ち着け!」
「っ!?」
ジークはどうしようもなく、エレナを抱きしめる。
後で何を言われるか分かったものではないが、娘たちは慌てている時に抱きしめると落ち着くのだ。
大して年の変わらない彼女なら通用するかもしれない。
とにかく今はこれしか方法がないのだ。
「…………っ! ……っ」
最初は暴れていたエレナも、徐々に力を抜いて行き、落ち着いて行くのが分かった。
「落ち着いたか?」
「……はい」
落ち着いたのを確認して離すと、エレナは真っ赤な顔で瞳を潤ませていた。
泣いているのか? 確かに自分のようなおっさんに抱きしめられれば、泣きたくもなるだろう。
「すまない、緊急事態だったのだ」
「いえ……その……大丈夫、です……」
気と力が抜けたような声で、答えるエレナ。
「そろそろ限界っ! 助けて!」
更にフォローしようとしていたジークの耳に、あの抑揚のなかったリーンの、切羽詰まった声が耳に入る。
振り返ると、リーンが大爬虫の気を引き付けて逃げ回っていた。
大爬虫はとっくにこちらの存在に気づいていたが、それをリーン一人で引き付けていたのだ。
「すまない、リーン殿!」
ジークは今だ戦闘出来そうにないエレナをそのままにして、剣を抜き、大爬虫に向かう。
大爬虫は、今まさに、リーンに攻撃をするところだった。
おそらくずっと全力で逃げていたのだろう、リーンはもう筋力の限界にある。
そろそろ避け切れないところだった。
「ふんっ!」
自分の今の腕力で、大爬虫の厚い皮は切れないと理解しているが、リーンを助けるには、その気をこちらに向けるしかない。
「っ!」
だが、大爬虫はあっさり、ジークの剣先をなぞるように二つに割れた。
これには、リーンやエレナだけではなく、ジークも驚いた。
今の自分にこんな力があるわけがない。
「す、すごい……」
「いや、こんなはずは……まるで若い頃に戻ったような力が湧いてきているのだ……」
不可解な現象を口にするジーク。
「まるで、若い頃……?」
「ああ、自分が二十代前半に戻ったような、そんな感覚があるのだ」
「…………?」
不思議そうな表情のエレナ、そしてリーン。
何がおかしいのだろう?
流石にこの年で、おっさんが生まれながらにおっさん、などとは思っていないだろう。
一体、何が彼女たちを困惑の表情にさせているのだろう。
「あ、あの……」
意を決したように、エレナが口を開く。
「ジークさんって、どう見ても、二十代前半にしか見えないんですけど……もしかして、もっと上だったりしますか?」
「え? いや、そんなはずは……」
今の自分の見た目で誰がどう見ても二十代には見えないだろう。
それこそ、魔法でも使っていない限り、そんなに若いままで──。
「そうか、ユーリィの潜在能力!」
あの若い見た目だが実際は高齢の魔法使いの潜在能力、というのはそう言う事か。
「……鏡はあるか?」
「え? あ、はい!」
エレナから手渡された鏡を見る。
そこには、若く凛々しい、あの頃のジークが映っていた。