第40話 ジークの「戸惑い」
「ついでに寄ったが、何か困りごとはあるか?」
マーキィとオーヴォルを連れて遊びに出た帰り、彼の言うようについでにユーリィの家に寄った。
「特にはないのう。確かにここ何回も立て続けにあったが、本来はほとんどないものだ。しばらくは娘たちと仲良く過ごせ」
「うむ……そうさせてもらおうと思うのだが……」
「何か不満でもあるのか?」
「いや、そうではないのだが……」
多少不満げな表情のジーク。
老いた彼にとって、静かに過ごせる場所があるというのはとてもありがたい。
だが、それはそれとして、平穏でストレスの一切ない生活というのはまた、一つのストレスになりかねない。
ジークはこれまでの人生、親元を離れてからは、ずっと冒険者として生きて来た。
毎日のように寝る場所は変わるし、野宿することも多く、それがきついとか不安だとか思ったこともない日常だった。
そんな日常から解放され、安定した住居と安全な寝床を手に入れたジーク。
だが、それに戸惑う事も増えて来たのもまた、事実なのだ。
これまで、何だかんだと戦闘が一定期間にあったので何も思わなかったが、ここ最近、それがなくなり、何とも言えない気持ちになっている。
これまでの人生を今後も続けて行けば、今はまだ辛うじて生きて行けるだろうが、その後更に老化すれば、どこかで弱い魔物に殺されるか、餓死して終わることだろう。
それは理解している。
しているのだが、これまでの人生の癖、とも言うべきものが彼にあり、どうしても命を賭した戦いをしたい、と思ってしまうのだ。
「退屈なのか?」
「退屈……そうでは、ないと思う。私にも分からん」
ジークの生活は、退屈かどうかは彼自身の主観に寄るのだが、決して暇なものではない。
毎朝起きては、主にマーキィやオーヴォルと遊んだり、シェラナやエミルンと話したり、時には行動を共にしたりしている。
それは、決して退屈とは呼べないし、娘によっては全力の愛情や気難しさなど考えることも多く、これがなかなか難しい。
「戸惑っている、と言ったところかな。私自身、いきなり家庭が出来て、家族が出来て、戸惑っているのだ」
「ふむ……分からんでもない。しかも、ここ最近枯れていた能力も一時的に蘇った状態で戦ったりしたからな」
「……そうだな」
ジーク自身気づかなかったそれに、ユーリィは気づいた。
彼が平穏な人生に違和感がある大きな原因に、最近の戦いで、若い頃のような高い戦闘力での戦いをしてしまった、というところがある。
彼自身の戦闘能力は低くはないが、衰えてきているのは事実で、現実として彼は、彼の中では弱いという部類に入る魔物にも殺されかねない実力しかない。
だが、ここ最近のキスによる潜在能力の吸収で、一時的に強い時代の彼の実力に近い戦いが出来てしまった。
だからこそ、彼はその時代を無意識に思い出してしまったのだ。
そして、思うのだ、自分はこんなに安穏と暮らしていくべきなのだろうか? と。
彼も理解している。
あの力は彼の実力ではない、娘たちの潜在能力を一時的に拝借しただけだ。
頭では分かっているのだが、あの時の記憶が、彼の過去をよみがえらせてしまったのだ。
その、頭の納得と感情の疑問の乖離が、戸惑いを生み出しているのだ。
ジークはユーリィに指摘されたことで、それを理解した。
「……だが、私にとって今の生活がこれからの生活で、そこに何の苦もない安定が不安定に勝ることも、いまやないだろう」
「ふむ、そうだな。分かっていれば、それでいい」
「何もないのであれば。今日は帰ろう。また何かあれば呼んでくれ」
「うむ、ではな」
ジークはユーリィに背を向け、マーキィとオーヴォルの待つ外へと帰って行った。