第38話 オーヴォルの師匠
ヒグマ退治から帰って来て翌日、ジークはベック邸を訪れた。
「やあ、何の用だい? その後、シェラナは元気にしているかい?」
「ああ、息災だ」
ベックはシェラナの事もあるので、ジークには穏やかに対応することにしたようだ。
社会貢献も少しずつだがやっているようで、悪い方向には動いてはいない。
「ところで、心当たりがあればいいのだが、お前のところの元冒険者に、怪力を武器にした技を使いこなせる者はいるか?」
「残念ながら、僕は彼女たちの見た目を重視して集めたんだ。太い筋肉のある女の子はその時点で対象外なのさ」
「それは分からんでもない、だが、世の中には見た目は細く小さなままで、怪力を持つ者もいるのだ。そのようなものはいないのか?」
「うーん、レーナがそれに近いな、どうなの、レーナ?」
ベックは横に控えていた、赤毛ショートの女性に聞く。
「…………私は怪力ではありません」
「いや、君は確か、腕力で他の子たちに勝って近衛になったんだよね? ずっと見てたし、僕は知って──」
「怪力ではありません」
無表情なレーナの顔が、少し赤くなる。
「……もしかして、照れてるの?」
彼女を最も理解出来る、同じく近衛のエイシャが聞く。
「私は、多少他の女性より力が強いだけで……」
「じゃあ、僕と力比べしてみようか。手加減はなしだよ?」
ベックが、手を差し出す。
レーナは迷ったものの、その手を取る。
「行くよ? それっ……!?」
ベックは両手で体重をかけるように腕を動かす。
ベックの動きは、レーナが力を出さなければ、その顔を胸に押し付けるような姿勢だった。
あわよくば、を狙っているのか、それとも、レーナが動かなければならない状況を作り上げたのか。
後者だと信じたい。
「…………っ!」
それを理解したレーナが、腕に力を入れる。
「おっと、やっぱり君の力は……うわっ!?」
バランスを崩すベック。
そして、それを助けるように、手を離し、ベックの身体を守るように──。
「…………あ」
「え……?」
偶然、ではあるが、それでも力がなければ出来ない。
レーナは、ベックの丸まった背中を、腕一本で持ち上げていた。
ベックは痩身で、身長もそれほど高くないとはいえ、少女が片手で持ち上げられるものではないだろう。
それを、軽々と明らかに余力を残して持ち上げているのだ。
「え? あっ!」
自分の状況を理解したレーナは、いきなり力を抜いて、ベックを落としかけ、再び持ち上げる。
その一連の行為は、余力が十分にあることを意味している。
「ふう……やっぱり力、あるよね?」
「…………」
頬を赤くしつつも、表情を変えないレーナ。
「そろそろ、認めた方がいいわよ?」
「……違います」
レーナは思ったよりも頑なだった。
「これは筋力ではないのです。……無意識ですが、腕の力と共に能力を使っているらしいです」
「能力? 魔力とは違うのか?」
「違います。念動力という能力が、無意識に働いているらしいです」
「なるほど、それだったのか」
ジークは全ての合点が行った。
オーヴォルにキスをして強化された時、確かに腕力が強くなった、というよりも、感覚的に、同じような腕力を使っているはずなのに、心に「もう少し力を入れよう」と思ったら自然に強くなったような気がしていたのだ。
それこそが、オーヴォルの潜在能力の正体なのだ。
現に彼女は、あれだけ細く小さいにもかかわらず、今でも力は強い。
あれを鍛えれば、レーナのようになり、そして、彼女以上に強くなることだろう。
「レーナ、私の娘が君と同じ能力を持っていて、鍛えたいと本人が願っている。どうか、彼女の師匠になってくれないか?」
「わ、私が?」
「ベック、いいか?」
「ああ、いいとも」
「という事だ、どうだ?」
「……ベック様がそう言うのであれば……」
「ありがとう、頼んだ」
こうしてレーナはオーヴォルの師匠になることになった。




