第35話 手も足も出ない
「耐物理防御壁!」
ユーリィが防御壁を張り、自分とオーヴォルを守る。
「ぐ……ぬっ……!」
防御壁の外、剣でヒグマの攻撃を受けるジーク。
剣の刃は、ヒグマの腕を切り裂くことは出来ない。
強化された金属のようなその腕は、棍棒を相手にしているようだ。
ヒグマの攻撃は他の魔獣に比べると力のある分遅く、エミルンの強化がなくても十分に防御が出来る。
だが、その攻撃は重く、受け止めた上で、弾き飛ばされてしまう。
これは全盛期の彼でもなかなか難しいかも知れない。
剣でうまく力を逸らして、やっとダメージを最小限にしている。
そう、つまり、攻撃のたびに、ダメージを受けているのだ。
爪の先がジークの肩や胸を皮一枚二枚切り裂くこともある。
「治療!」
「これ……っ! は……っ!」
思った以上に手強い。
ヒグマは攻撃しか考えておらず、その隙はいくらでもあるのだが、防御を終えてからの攻撃までに時間がかかるため、とても間に合わない。
こちらも防御を無視して攻撃したとして、最初の一撃で即死しかねない。
ただ、防御をしてユーリィに治されて、を繰り返すだけでは、いつか体力が尽きてしまう。
この歳になると体力も尽きるのが早い。
早々に何とかしなければならない。
だが、何も出来ない。
何も、思いつかない。
ただ、体力だけが尽きていく。
ただ、筋力だけが尽きていく。
「ぐぁぁぁぁっ!」
「ジーク! ……防御壁拡張!」
力が追いつかず、胸を突き飛ばされ、吹き飛んだジークにもシールドを拡張して守るユーリィ。
「治療! ……大丈夫か? 体力の回復は、私の体力を分けることでしか出来んから少しだけだ」
「分かっている。このままでは倒せんことも……」
ヒグマはバリアの外で、バリアを破壊しようと何度も叩いている。
ただの物理攻撃ではびくともしないはずの耐物理防御壁が攻撃を受けるたびに震えている。
おそらく、ただの物理攻撃ではないのだろう。
どうする? このままでは──。
「父よ」
「っ!? な、なんだ、オーヴォル、今、忙しいのだが」
対策を考えていると、いきなり目の前にオーヴォルの幼い顔が現れ、驚くジーク。
「時は来た。違うか?」
「いや、お前……だからと言って……」
「他に対策はあるのか?」
「…………」
「さあ、来るのだ」
いつもの万歳のポーズで、ジークを待つオーヴォル。
これに、乗るべきだろうか?
確かに、既に策はない。
だが、十歳の末娘にキスをして、それを得ていいものだろうか?
ジークが迷ったその瞬間。
「ヴァァァァァァッ!」
ヒグマの攻撃で、バリアが大きく振動する。
こちらをにやにやと眺めていたユーリィが、一瞬真顔になる。
おそらく、かなりまずかったのだろう。
このバリアが破壊される恐れがある。
そうなればどうなる?
ユーリィなら瞬時にまたバリアを張れるだろう。
だが、その一瞬を逃すヒグマでもないだろう。
ジークかユーリィ、オーヴォルの誰かが即死する可能性もある。
それがジークなら致命傷は避けられるが、物理的に戦う術を知らない二人ならどうなるか分からない。
おそらく、即死に近いことになるだろう。
そうなると、助からない。
それこそ、アルシェラにでも泣きつけば、動くくらいは出来るかも知れないが。
それはジークが望むところではない。
ならば──。
「オーヴォル、すまん……」
「うむ、来るのだ」
ジークはオーヴォルを抱き上げ、顔を寄せ、その待ち構えている唇に、自らの唇を重ねた。
どこからか、力が湧いてくる気がした。