第34話 魔獣ヒグマ
「この辺りと言っておったな」
街道を歩いてしばらくしたところで、ユーリィが言う。
そこは普通の街道沿いであり、動物の気配はあるものの、魔物、それもヒグマレベルの魔物の気配はない。
出産育成時期のヒグマが人の気配を感じた時は、ほぼ殺気と敵意を纏っていると言ってもいい。
「ふむ……」
なんだか、それっぽくつぶやくオーヴォル。
だが、ジークの服から手を離さず、辺りをきょろきょろし、少しの物音でもびくん、と身体を揺らしている。
「怖いのか?」
「怖くなどない。ただ、私は周囲に気を遣っているだけだ」
明らかにびくびくしているのだが、それは認めようとはしない。
オーヴォルらしい、とは思うが、十歳の女の子なら怖くても当然なのだから、無理をしなくてもいいのだが、などとジークは思っていた。
「わずかだが、魔力を感じる。確かにこの辺りを徘徊しているようだな」
ユーリィがつぶやくように言うと、オーヴォルがジークの腕をぎゅっと抱きしめる。
しょうがないのでその頭を撫でてやる。
「……これは獣道にしては大きな道だな」
ジークは街道脇の獣道と思しき道を確認する。
そこは確かに何者かが頻繁に通った跡がある。
だが、その周囲の木々の枝だけ、大きく折れた跡がある。
「確かに、最近通った跡のようだな。木が変色しておらんし、魔力の残滓もある」
「まだ、近くにいるかも知れんな」
ジークが分析すると、オーヴォルが抱きついてくる。
その手は、小さく震えている。
「オーヴォル。戦いが近いかも知れん。ユーリィの方に行ってくれないか?」
「断る。私は父といたいのだ」
「嫌っパパといるの!」と言ったところか。
だが、この先はいつ戦いがあるか分からない。
相手は何せヒグマだ、片手にオーヴォルがいては、集中が途絶えてしまう。
「オーヴォル、この先は戦いになる。そこにいては私は集中が分散してしまう」
「何故だ?」
邪魔だから、などと言えば、オーヴォルを傷つけるだけだ。
「オーヴォルという可愛い娘がそばにいると、私はそれを気にかけてしまうのだ」
「ふむ……ならば仕方がない」
オーヴォルは、ジークから離れ、ててて、とユーリィの元へと走る。
「ふむ。私も孫がいたらこんな感じなのだろうな」
見た目には姉妹にしか見えない二人だが、年齢的には一般的な祖母と孫以上に離れている二人。
少し嬉しそうに微笑むと、ユーリィがオーヴォルの頭を撫でる。
「ユーリィ殿、よろしく頼む」
「うむ、任せろ」
「それでは、入るぞ?」
ジークは先頭で獣道に入る。
二人はその後に続く。
道の先も、木々を折った跡が続いており、折られた方向から、進行方向に向かっていると分かる。
ジークは注意深く歩きながら、また、後ろにも注意を向けつつ進む。
道はまだ続いている。
だが──。
「父よ、もう少しゆっくり行くといい。ユーリィ殿が怖がっているのだ」
「ん?」
明らかに、ユーリィの後ろに隠れ、怯えているオーヴォルが言う。
「ま、そういう事にしておこうか」
それを微笑ましく受け入れるユーリィ。
仲良し姉妹にしか見えない。
「分かった、もう少しゆっくり行こうか」
ジークもそれに微笑ましさを感じた。
だから、油断をしていたのかも知れない。
「来──っ!」
ジークは気配を感じるとともに、防御の構えをする。
が、油断があり、確実な防御に遅れてしまった。
「ぐ……あっ!」
通常の魔獣なら、十分に防御出来たはずだ。
だが、敵はヒグマ、怪力の腕力を避け切れなかった。
「治療!」
致命的、ではなかったが、左腕が痺れたが、瞬時にユーリィによって回復した。
剣を構え直し、咆哮に構える。
そこには、興奮状態の巨大なヒグマがこちらを威嚇する間もなく襲いかかってくる姿があった。