第32話 友達、そして師匠
「というわけで、マーキィお前の師匠のアルシェラだ」
「よろしくお願いしますわ」
スカートの裾を軽く持ち、挨拶をするアルシェラ。
「…………ぁっ」
瞬時にマーキィの表情が怯え、ジークの背を掴む。
彼女にトラウマを生んだ基が目の前にいる。
マーキィは、アルシェラに自分の両親を起こされ、動かされた。
それはとても悍ましかったし、見たくはなかった。
それを見せた彼女は憎いし、それ以上に怖い。
何しろあの時、無力なマーキィはなすすべもなかった。
ただ、震えるだけだった。
「マーキィ、気持ちは分かる。だが、彼女が最適な人選であることも間違いはない」
「探しても他にいない」などとは言えない。
実際、アルシェラという人選はこれ以上はない。
何しろ、魔法そのものが先祖代々の伝承ではないのだ。
ただのカモフラージュ、それをただ、極めてしまったのだ、彼女は。
だから、それを教えることに何の抵抗もない。
その大魔法使い級の技術を。
そんな奇特な存在はそうそういない。
「で、でも……」
「わたくしも、あの事は深く反省しておりますの。もう二度といたしませんわ。決してレイシェルが怖いからではありませんが」
全く反省のない口調で言うアルシェラだが、最後の一言だけでそれは信頼に足るものとなった。
「パ、パパァ……」
だが、そんなことを理解出来るはずもないマーキィは、ジークの背から離れることはない。
「大丈夫だ、マーキィ」
「……本当?」
「彼女は、彼女より強い存在に叱られて、反省させられたのだ。同じことをすると、酷い目に遭うから同じことをすることはない」
「ち、ち、違いますわっ! わたくしは自分で反省したのですわっ!」
慌てたアルシェラは、頬を赤くして抗議する。
だが、その如実な焦りは、マーキィにも伝わった。
「……本当に?」
「悪いことはいたしませんわ、私自身の意志で。そもそも、あなたに死霊の知識を教えるつもりなどありませんわ。あれはサルジス伯爵家の秘蔵のものですから」
それは、事実だろう。
サルジス伯爵家が代々受け継いできた死霊を扱う技術を、大して知りもしないマーキィに教えるわけがない。
「うん……」
ゆっくりと、マーキィがジークの背後から歩み出す。
「マーキィ・アルメルと申します、よろしくお願いしますわ」
アルシェラと同じく、スカートの裾をつまみながら挨拶をする。
「わたくしの教えは厳しいですわよ! ついて来れますかしら?」
「う、うん……それよりも……」
マーキィはあっさり口調を戻した。
「私と、お友達になって!」
「はあ!?」
これにはアルシェラだけでなく、ジークも口を開けて呆れるしかなかった。
「分かっておりますの? わたくし、死霊使いですのよ? もう四百年生きてますのよ?」
「分かってる! それでも! 魔法を教えてもらうなら、お友達になりたいって思ったの!」
マーキィはいつも直球勝負の子だ。
それは嘘偽りのない言葉だろう。
あれだけ怖がっていたはずのゾンビ、そして、それを生み出したアルシェラと、友達になりたい。
そこには二つの意味があるだろう。
一つ目は単なる友人というものへの飢え。
この街で同年代、に見える少女というものはなかなか見かけなかったのだろう。
だからこそ、見た目だけなら同年代に見える彼女と、友達になりたかったのだ。
もう一つは、単純に凄い、という尊敬だろうか。
見た目は自分と変わらなく見える、目の前の女の子が、墓地の死体を全て動かしたのだ。
あれは恐怖の対象ではあるが、それをやってのけた、というのは、尊敬の対象になりかねない。
あれ自体は怖いし、許せることではない、と理解はしている。
だが、それと同時に、凄いとも思ったのだ。
友達に、なりたいと思った。
この子と、仲良くしたいと思った。
年齢とか、これまでに彼女がやって来た事とか関係ない。
「はあ……四百年年下のお友達、ですわね」
そして、それは、アルシェラの方も同じだった。
彼女も四百年もの間、友達の一人もなく、暮らして来たのだろう。
爵位の仕事があった間ならまだそれも紛れただろうが、それも引退した。
退屈で仕方がないから、墓を荒したのかも知れない。
「分かりましたわ。マーキィ・アルメルさん、いいえ、マーク、わたくしとあなたは、これからはお友達ですわ」
「うんっ!」
満面の笑み。
こうしてマーキィは、アルシェラに師事することになった。