第30話 魔法使いの師匠なんて見つかるのか?
「マーキィ、まだ自分では歩けんか?」
「うん……」
ジークの背で、彼にぎゅっと抱きつくマーキィ。
ここに来るまでは歩いていたのだが、いきなりもう歩けないと言い出して、ジークが背負って帰ることになった。
それが甘えなのか、怖くなったのか、父親としてまだ短いジークには分からなかったが、どちらにしても、ここは存分に甘やかすべきだと思った。
「今日の事はシェラナにも言うからな? あと、エミルンにも」
「えぇ……」
少し抗議を込めた声。
「こればかりは致し方あるまい。状況は説明しにわけには行かん」
「……うぅ」
納得したのか、駄々をこね損ねたのか、マーキィが唸る。
「ま、反省しているから厳しく叱るなとも言っておくさ」
「うん」
そうジークが言うと、少しだけ嬉しそうに答えた。
それからジークが黙って歩いていると、帰るころにはマーキィは眠ってしまった。
「という事で、マーキィには魔法使いとしての潜在能力があることが分かった」
ジークが屋敷で迎えたシェラナとエミルンに報告する。
「まあ、この子が……! ですが、魔法使いはこの国では大抵貴族になっておりますから、跡を継ぐのもその血筋の方だけですわ……?」
「うむ、分かっている。だが、教えてくれるような変わった魔法使いがいるかも知れん。それをユーリィに託して来た」
「いくらあの人の顔が広いからって……難しいと思うよ……?」
シェラナ、エミルンの否定。
確かに言われるまでもない。
もちろん初級魔法などは、教ることを稼業としている魔法使いもおり、冒険者の魔法使いはそこから学ぶ。
それだけでもかなりの戦力にはなる。
そのまま中級魔法使いまでにならなれる事だろう。
だが、魔法を極めるという事は、つまり、マーキィの潜在能力を満たすような魔法を習得するという事は、中級魔法という事はないだろう。
少なくとも、先ほどの感覚からすると、かなり膨大な魔法の知識があった。
あれは、中級魔法の域を超えていた。
「とは言え、私ではどうにもならない。彼女に任せるしかないだろう」
旧い友人に魔法使いの貴族ならいるのだが、訪ねて行って教えを乞うても引き受けてくれるとは思えない。
ならば、もう自分で何とかしようと考えない方がいい。
「で、でも……」
「いや、別に、マーキィの将来がどうでもいいなどとは思ってはいない。大切に思うからこそ、下手な者に教わるような事のないように信頼できる彼女に任せるのだ」
「パパ……」
ジークの背中から降りないマーキィがぎゅっと強く抱きしめてくる。
「分かりましたわ。師匠にお任せいたしましょう。マーキィ、もう降りなさい?」
「…………うん」
渋々、マーキィがジークの背中を降りる。
そのまま、シェラナに抱きつく。
「相当に怖かったのね? もうこれからあまりお転婆なことはしない方がいいわね?」
「うん、大人しくする……」
「…………」
ジークは、マーキィのあの元気なところも魅力の一つだと思っているので、大人しくなるのはどうなのだろう、と思わなくもない。
とは言え、確かに十四歳の少女なら、もう少し大人しくしなければ、大人の女性と見られることもあるだろう。
「申し訳ありません、夕食の準備はもう少しかかりますので、お待ちください。さあ、エミルン、戻りましょう」
「私も手伝う!」
「そう、では一緒に来て?」
「うんっ!」
三人がキッチンに消えていくのをジークは見守った。
「ふう……」
「やっと二人きりになれたのだな、父よ」
「!? いたのか、オーヴォル?」
「こっそりと後ろから近付いていたのだ」
通りでシェラナの視線がおかしいと思った。
あれはオーヴォルが何らかの悪戯をしようとしていたのを見逃してやったのだろう。
「では挨拶をするのだ」
万歳の姿勢。
ハグの準備は万端という事か。
「ああ、ほら」
「これは何度やっても飽きないものだな」
無表情なままで、熟練の冒険者のような口調だが、十歳の可愛い舌足らずな女の子の言葉であることに違和感があった。
「マーキィの姉がいないのであれば、私が相手をしてやろう。全力でかかってくるといい」
つまり、マーキィがいないから二人でいっぱい遊ぼう、と言いたいのだろう。
「分かった、お手柔らかにな?」
ジークは手をつないで彼の部屋に向かった。




