第29話 マーキィの師
「大丈夫か?」
「うん……」
帰る時、マーキィはその場に立ってはいたが、歩けるような状態ではなかったので、ジークが背負って帰ることになった。
いつも無邪気で元気なマーキィが、大人しいのは、相当なショックがあったのだろう。
「これからはみだりについて来ないことだ」
「うん……」
「自分の身が守れるまではな」
「?」
「マーキィ、お前には魔法使いの潜在能力があるようだ。それも先ほどのアルシェラに勝てるような、最強のな」
「そうなの?」
「ああ、だから、これから頑張って修行すれば、いくらでもああなれるだろう」
「そっか」
「強くなればいつでもついて来てもいいし、私の方から頼むようにもなるかも知れん」
「本当?」
「ああ。だが──」
「……?」
問題は、ある。
強力な魔法、それもおそらく戦闘に特化したような戦場の魔法使い。
「いや……何でもない」
そこに至るには、当然のごとく、少なくとも助走をしてくれるものがいなければならないのだが。
「とりあえず、ユーリィに報告に行こう。お前は帰るか?」
「……一人は、嫌」
「そうか」
元々甘えん坊だったマーキィは、先ほどの出来事での恐怖のせいでそれがさらに増している。
だから、一人では帰りたがらないだろう。
帰ってからもしばらく誰かと共にしかいられないだろう。
仕方がない、ゾンビはこれまであの程度のもの、あれ以上におぞましいものをを何度も見て来たジークでも少しは精神に来るものがある。
しかも、彼女は父母のそれを見たのだ。
「では、一緒に行こう」
「うん」
ジークとマーキィは並んでユーリィの家に向かった。
「サルジス伯爵家が死霊使いだったのか……ふむ」
ジークからの報告を聞き、考え込むユーリィ。
「先代は自己顕示欲の塊のような魔法使いであったからのう。それで騒ぎを起こし、当代が諫めたか。当代は真面目で大人しい女性であったか」
「そのように見えたな。少なくとも大魔法使いとは思えないほど常識的な人だった」
「ふふふ、そうだな」
ユーリィが苦笑する。
魔法使いにも常識的な者は多くいる。
大抵の魔法使いはそれに属し、人間社会の中に溶け込んでいる。
だが、魔法に全人生を費やし、没頭して来て強い魔力や魔法を得た、いわゆる大魔法使いは、常識というものに欠如していることが多い。
何しろ社会に溶け込まなくても魔法を研究していれば生きていけるのだから、その必要はない。
常識とは、他人と生活を共にするためのものだ。
それがなくとも生きていける彼らには必要がない。
だから、平然と街の住人を襲い、魔法の人体実験をすることもあるし、攻撃魔法を試すために街を攻撃する者もいる
それらの者を、ジークは何度も倒して来た。
であるから、彼の中では大魔法使いという者は非常識であるという見解なのだ。
「それと、もう一つ、相談なのだが……」
「何だ?」
「マーキィの事だ。彼女には魔法の潜在能力があることが分かった」
「ふむ……それは、どのような魔法なのか分かるか?」
「貴殿とは異なる、主に戦いに特化した魔法のようだ」
「戦いに特化、か……」
暗に、貴殿では無理だろう、知り合いにそのような人物はいないか? と聞いた。
それを理解しているユーリィは思案気に首をひねる。
「この街に住む魔法使いで最初に思い浮かぶ名家があるのだが……」
「それは、どこだ?」
「サルジス伯爵家だ」
「そうか……」
死霊使いの一族。
さすがに教えを乞うのはよろしくない。
「まあ、そもそもの問題として、魔法とはその一族の伝統の物だ。よそ者に教えようなどというもの好きは、わしのような跡取りのおらん者しか難しいだろう」
「それは、そうだったな」
「その上で、考えておこう。シェラナと同様見合った者を探してみよう」
「分かった。任せよう」
「シェラナと同様」というのは、彼女とシェラナのように、という意味で、彼女がシェラナを育て上げる自信があることも同時に示している。
ならば、任せておけばよいだろう。
「では、よろしく頼む」
ジークはまだ少し怯えているマーキィを撫でてやりながら、ユーリィの家を後にする。