第28話 伯爵家の当主
「ふう……」
死霊使いを倒して一息吐きたいところだが、まだ、ゾンビが動いているままだ。
これをどうにかするしかないが、彼の頭──将来のマーキィの知識の中に、ゾンビを倒す方法はいくらでもあるが、ゾンビを鎮める魔法は一切ない。
「マーキィ、大丈夫か?」
「う、うん……」
「なるべく見るな? これは見てもいいものではないし、見るのは失礼な被害者だ」
「わ、分かった……!」
マーキィはぎゅっとジークを抱きしめて目を閉じる。
「とはいえ、これはどうするかな?」
ゾンビの攻撃は受けない。
だが、ゾンビは倒せないし、このまま放置すればどこかに行ってしまうものもいるだろう。
魔法でここに閉じ込めた上で、ユーリィを呼んで来るか?
いや、あまりにも時間がかかる。
このままではいつかジークの潜在能力も消えてしまうだろう。
それに、この気を失った死霊使いも起きて来るだろう。
怪我を負わせたが、死んではいない。
死霊使いなら何とでもしようがあるだろう。
こいつならゾンビを何とかできるだろうが、それを期待するわけにはいかない。
「やっぱり、ここでしたか……」
声がする。
ふと、振り向くと、先ほどまでそこにはいなかったはずの者が立っていた。
それは、死霊使いの双子かと思われるような容姿。
だが、死霊使い本人とは確実にその表情が異なっていた。
穏やかで優しいそれが、呆れ顔で気を失っている死霊使いを見ていた。
「元の場所に眠れ!」
彼女が唱えると、全てのゾンビが動きを戻し、ぞろぞろと、元いた墓の場所に戻っていく。
「はあ……掘り直しが必要ですわね……これだけとなりますと大変ですわ……」
ため息と、これからの労働の多さに疲れの表情を浮かべる少女。
「……失礼だが、あなたは?」
それを見ていたジークは、遠慮がちに訊く。
「ご挨拶が遅れました。私は、魔法使いの一族、サルジス家のレイシェルと申します。こちらが祖母のアルシェラです」
レイシェル、と名乗った少女は、倒れている死霊使いを指して言う。
「サルジス家……伯爵か。魔法使いの一族として有名だが……死霊使いだったとは……いや、失礼。私はアルメル家に世話になっているジーク。こちらはマーキィだ」
マーキィは戸惑ってはいたが、そう言われて慌てて礼をする。
「その……このような事態になって、大変ご迷惑をおかけしましたが……出来れば、死霊使いの事は……」
「私は口にする事はない。マーキィにも言い聞かせる。だが、私は義務として、ユーリィには報告せねばならん。彼女なら徒に漏らすことはないとは思うが、それだけは容認して欲しい」
「分かりました、ユーリィ様なら問題ないでしょう」
ほっとするように微笑むレイシェル。
「お婆様、起きてください、お婆様!」
全てのゾンビが、墓の上で横たわるのを確認してから、レイシェルが気を失った祖母を起こそうとする。
「仕方がありませんわね……治癒と目覚め!」
レイシェルが唱えると、死霊使い──アルシェラが徐々に目を開く。
「…………?」
「ようやく起きられましたね、お婆様」
「レイシェル……? あっ!」
アルシェラが辺りを見て、レイシェルがいることに気づき、そして、自分が何をしたのかを理解した。
「これは、違いますわ!」
「何が違うのですか? どう見ても、こちらのお墓を使い、死体を起こしたとしか思えませんが?」
「…………そう、ですわね」
少し、焦ったような表情のアルシェラ。
「わ、私は四百年生きて、全ての魔法を習得して、もうこれしか残されておりませんですから! 他に何をやればいいんですの!」
「そうですか。では、私と魔法の勝負をいたしましょうか」
にこにこと微笑むレイシェルと、怯えるようなアルシェラ。
「に、二百年も魔法を習得していないあなたとでは勝負になりませんわ! ですからやりませんわ!」
「その、二百年にも満たない若輩の魔法使いに、当主を譲り渡すことになったのはどなたですか?」
「う…………」
ジークが推測するに、レイシェルはサルジス伯爵家の当主のようだ。
ほとんどの貴族では女性が当主となることはないのだが、魔法使いの家系だけは特別で、最も優れた魔法使いが男女問わず、その座に就くことが多い。
おそらく元々はアルシェラが当主だったのだろうが、孫のレイシェルに奪われたのだろう。
つまり、レイシェルは、アルシェラよりも強い、という事だ。
「今回はさすがに当主として、あなたを放置は出来ません。覚悟してください」
「な、何もしておりませんわ! これから墓地を埋めれば元通りになりますわ!」
「それは、こちらの方がおられたからそうなったのでしょう。そうでなければ、この街はどうなっていた事か分かりませんわ!」
おそらくレイシェルも死霊使いなのだろうし、ゾンビをどうにも出来るのだろうが、街の者がゾンビを見てしまっていたら、そして、その噂が広まってしまったら。
サルジス家は表立って「私たちは死霊使いです」とは言えないだろう。
だから、逃げていく人々をただ、見ていることしか出来ない。
「な、何をするつもりですの? 仮にも前当主、あなたの祖母ですわよ……」
「そうですわね。ですから、二度と同じことをしないと心から誓うまで、身体中を炎で焼き、同時に治癒を続ける、というのはいかがでしょう? 反省するまで永遠に炎に焼かれ続けることになりますけれど」
「ひっ!? し、しません! 二度と! こんなことはしませんっ!」
心底怯え、立てなくなって座り込むアルシェラ。
「では、全てのご遺体を埋め直して、そしてお祈りいたしましょう。今日はそれで許します。ただし次は十年間業火に焼かれてもらいます」
「は、はいっ!」
孫のレイシェルに従順に従うアルシェラ。
「さすがにこの数は女性二人には多いだろう。手伝おうか」
「お気遣いありがとうございます。ですが、問題はございませんわ。我々は、魔法使いですから」
レイシェルはそう言うと、左手を少し上げる。
それだけで、土が盛り上がり、綺麗な墓穴が開く。
「そうか……」
確かに、これを手伝う事は逆に邪魔になりそうだ。
「アルメル家の方、今回のお詫びはまた別でお伺いいたします。本日は後をお任せください。サルジス当主の名にかけて、全てを元通りにし、今後二度とこのようなことを起こさないと誓います」
「了解した」
十三歳程度にしか見えない少女に見えるが、二百年近く生きている魔法使いであり、伯爵家の当主が、その名をかけると言ったのだ。
ジークはそれを信じ、墓地を後にした。




