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第1話 若き貴族の外道

「まいったな、この街には宿がないのか……」


 呻くようにつぶやくジーク。

 いつもの街道を移動していたはずなのだ。

 だが、どこかで道を間違えた。

 間違えたのに気づいたが、前の曲がり角からかなり進んだ後だったので、戻っても日が暮れると思い、そのまま進んだのだ。

 そして到着したのがこの街だ。


 大きな街ではないが、農村のような集落の類でもない。

 そこらの宿場町よりは大きめの家が立ち並び、いくつかその中でも巨大とも言える家まである。

 


「しょうがねえな。宿屋のない街に来た時の定石でもやるか」


 だるそうにジークは街の中に入る。

 日も傾き、急がなければ、そろそろ夜になってしまう事だろう。

 宿屋のない街に冒険者が来た時の定石、それは、最も大きな家に客人として宿泊させてもらう事だ。


 家が大きいという事は、大抵は貴族か、そうでなくてもそれに匹敵する家であることがほとんどだ。

 裕福ではあるが窮屈な世界で生きている彼らにとって、冒険者の語る冒険談というものは、まるで別世界の物語のように心が躍るらしい。


 長い経験からそれを知っているジークは、まず、一番大きな屋敷へと歩を進めた。




 一番大きな屋敷は、簡単に目通りしてくれた。

 相手が爵位を持つような貴族や王族ならここにたどり着くまでに、使用人相手に一度や二度武勇伝を語る必要があるのだが、その必要はなかった。

 入り口からここまでの内装や通された部屋、そして使用人たちの主人の呼び方から、おそらく下級貴族クラスなのだろう。


「やあ、僕がこの家の主人のベックだ」


 客間に現れたのは、二十代前半と思しき青年と、後ろに仕える二人の若い女性。

 武器を持っているが、下級貴族が騎士クラスを雇えるはずもないし、身のこなしも騎士のそれではない。


 おそらく強い冒険者上がりを用心棒に雇ったのだろう。

 若い男貴族が女冒険者を用心棒にするのはよくある事だ。

 見た目も可愛いし見た目だけで選んだ可能性もある。


「お若い方がご主人でいらっしゃいますね」

「親父が身体を壊して引退しちゃったからね。僕が十代でこの家を引き継いだんだ。あの頃は本当、大変だったよ。それで、何の用かな?」


「私はジークと申します冒険者です。本日この街に迷い込んでしまい、宿屋がなく、困り果てております。不躾なのは承知ですが、よろしければ、こちらに泊まらせていただけませんでしょうか。お礼にこれまでの長い冒険生活の中から、厳選した冒険譚をさせていただきますが」


 ジークは昔覚えた、王侯貴族相手の話し方で丁寧にお願いした。


「へえ、それは大変だね。別に部屋は余ってるんだけど、屋内に他人を寝させるのはあまり好きじゃないんだ。君たち冒険者は部屋から出るなと言っても出るからね」

「いえ、私も冒険者生活が長く、それに誇りを持っております。コソ泥の真似をすることなどございません」


「でも、みんなそう言うんだよね君を信用出来る証拠ってあるかな?」

「それは……私の冒険譚をお聞きください。そうすれば、私が信頼に足る冒険者であることをご理解いただけるはずです」


「ふうん。でも君ってなんだか弱そうだし、大した冒険してないんでしょ? そんなの聞く時間、無駄だよね?」

「いえ、私はこう見えても、ドラゴンを倒したことがございます」


「……は?」

「しかも、古代竜(エンシェントドラゴン)でございます」


 呆気気味のベック。

 これは、行ける。

 もはや遥か過去の話だが、古代竜(エンシェントドラゴン)を倒した話に食いつかない貴族はいない。


 何しろ、古代竜(エンシェントドラゴン)そのものが最早伝説上の存在なのだ。

 普通は穏やかで達観した知性的なそれらが、人に仇なすことがそもそもない。

 その希少な中の、更に希少な、人に害なす古代竜(エンシェントドラゴン)を倒した、という人物と話をした、という話は、王都で自慢出来ることなのだ。


 だが、ベックは──。


「ふふっ、ロクな話がないからって、創作はいけないなあ」


 からかうように笑うだけだった。


「僕は子供じゃないから、そういうおとぎ話に心が動かないんだよなあ」

「いえ、創作ではありません。私の若いころに──」

「あのさあ、僕の後ろにいる二人、可愛いだろ? 王都で雇ったとても強い二人なんだ。冒険ならこの二人からいくらでも聞けるんだよね」


 話を途中で打ち切られた上に、今は関係のない二人の自慢をされる。


「どうやってこの二人の強さを見極めたか分かるかい?」

「いえ……ご主人が人を見る目があられるのではないでしょうか。冒険譚を聞いて強さを確認したりなど」


 いきなりの問いに、ジークはそんな答えしか出て来なかった。

 心の中では、知るか、というのが本当のところだ。


「違うね。僕は冒険者にもほとんど会ったことがなかったんだ。強さなんて分からないよ。だから、僕が選んだんじゃなく、戦ってもらって強さをこの目で確認したんだ」

「なるほど」


 確かにそれは、確実ではあるが、冒険者同士の戦いはお互い殺す気もないから本当の強さは分からないんだよな、などとジークは心の中で思っていた。


「王都でね、見た目の可愛い冒険者を百人雇ったんだ。面倒を見ると約束してね。それで半年間、自由に鍛えさせてて、戦わせたのさ」

「ほう」


 そいつらを切磋琢磨させて、強い者は多くの報奨を与えるという方式で、この二人が最後に残ったのだろう。


「百人を互いに戦わせて、負けた子は生涯僕の慰みものになる、という条件でね」

「…………っ!?」


 では、ここにいない百人もの女冒険者は──。


「さすがに百人は多かったな。僕も相手にするのが多すぎて、もう孕んだ子は捨てることにしたんだ。さすがに子供の面倒まで見られないからね」

「…………」


 落ち着けジーク。

 この程度の外道、王都の貴族で山ほど見て来ただろう。


「それで、最後まで残ったのがこの二人なんだ。本当、戦いを見せたいくらいだよ。そうだ、君が戦ってみるかい?」

「いえ……私は無意味な戦いはしません」


 そんなことをしても何の得にもならない。

 下手に疲れるだけのことは出来れば避けたい。


「だろうね。じゃ、君は僕を愉しませられないね。帰ってもらおうか」

「……待ってください!」


 追い出そうとするベックに焦り、ジークはそれを止める。


「……勝てば、泊めていただけるのでしょうか?」

「ふむ……」


 ジークの問いに、ベックはちらり、と後ろの二人を眺める。


 一人は金髪ロングの小柄な、ジークから見れば少女とも言えるのだが、二十代前半か十代後半の美しい少女。

 小柄ではあるのだが、腰回りは引き締まっており、胸も出ているため極めて女性っぽいスタイルをしていると言える。


 もう一人は、赤毛ショートの、女としては多少長身でスレンダーな、おそらく金髪と同年代の少女。

 表情がない、とはこの事を言うのだろう、彼女は、その顔から何を考え、どのような感情なのか読み取ることは出来ない。


「エイシャ、前に出なさい」

「……はっ!」


 多少のためらいと共に、金髪が前に出る。


「では、彼女と戦ってもらい、勝てば泊めてあげることにしよう。互いに無駄に怪我をする必要はないだろう、樫の棒を剣として使うといいよ」

「……分かりました」


 おそらく強いであろう、女冒険者との戦いに勝てば、宿泊を許可してもらえる。

 相手は強いとはいえ、こちらからすれば経験不足のお子様だ。


 少ない体力で勝利するには、後で筋肉痛になるのはしょうがないが、速攻で行くしかない。


「じゃ、はじめるといいよ」


 気合いも入るはずのない掛け声に、ジークが速攻を仕掛けようと構える。


「あ、エイシャ」


 ベックが戦い相手に話しかける。

 礼儀として、ここは止まるべきだろう。


「負けたら君も慰みものに降格だからね?」

「!?」


 ジークと、エイシャの、動きが一瞬止まる。


「…………っ!」


 エイシャの表情が一変する。

 先ほどまでの、余興に付き合う程度の、勝ち負けなど二の次、そこそこ強いようなら負けて泊めてやってもいい、と言った表情が、決死のそれに変わる。


「くっ!」


 無言でエイシャが、ジークに切りかかる。

 檜で出来た剣とは言え、切りかかられると骨身に染みる。


「はっ! とぅっ!」


 辛うじて躱し、剣を交え、打撃を避けるが、何発かに一発は受けてしまう。

 どうする?


 本気を出せば、後で身体に痛みは残るだろうが、結構いい勝負が出来るだろう。

 だが、もし自分が勝てば、この女の子は──。


「う……くぅぅぅっ!」


 考えていたジークは、剣を弾き飛ばされる。


「……参りました」


 たかが自分の宿泊と、このうら若い少女の生涯を比べるまでもない。

 ジークは本気を出せなかった。


 それが伝わったのか、エイシャが一瞬、申し訳なさそうな表情をする。


「やれやれ、君にはがっかりだよ。そんなに弱いのに戦うとか言い出すなんてね」


 ベックは全ての興味を失ったようにため息を吐く。


「さあ、出て言ってくれないか。もう君には用はない」


 そして、ジークは屋敷を追い出された。


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