第26話 ゾンビ、そして、スケルトン。
「さあ、久しぶりのご両親ですわよ? 挨拶などなされては?」
「貴様っ! 私の親友を──!」
旧い友人を掘り起こされたジークは、剣を抜き、死霊使いに走った。
「あら、お友達もいらっしゃったのね。どうぞお話でもなさったら?」
「……っ!?」
斬りかかったジークだが、見えない空気のようなものに押し返された。
これは知っている、風の盾だ。
だが、その程度、年老いたとはいえ、ジークは突破の仕方くらい知っている。
風である以上、タイミングを魔法で自動的に合わせて押しているだけだ。
そして、それは一方向からしか使えない。
複数の方向の風は、合わさって一方向にしかならないのだ。
ならば、斜めに動けは、その力は確実に弱くなる。
「ふん……っ!?」
であるから、ジークは押された瞬間に、斜めに移動したのだが、そちらからも押された。
いや、前からも押された状態で、別方向であるそちらからも押されたのだ。
「あら、なかなかやりますのね。そこまで出来たのは、八十年前の紳士のかただけですわよ?」
「八十年前、だと……?」
目の前の、十四歳くらい、マーキィと同じくらいにしか見えない少女が、少なくとも八十年前に生きていたという事だ。
いや、この前のゴブリンのゼスのように、転生しているのかも知れない。
「私は四百年生きた死霊使いですわ。偽装で覚えました魔法は大体極めてしまいましたわ」
「四百年、だと……?」
同じく魔法使いで幼く見えるユーリィでも百歳前後だったはずだ。
その四倍以上の期間、魔法を習得し続けたと言うのか?
「ですが、死霊の扱いだけはまだ極めてませんの。これまで一番長く研究してきましたが、研究する機会も、実験する素材も限られておりますから、なかなか進みません。ですからもう、この街のお墓、そして今はまだ生きている住人を使って実験しようと思い立ったのです!」
「ふざけるな! お前が死霊を研究するのならすればいい。だが、死んだ者を使うな! そして、私の親友を元に戻せ!」
長く眠り続けたかつての親友ザーヴィルと、ジャスナ姫。
それが今、世にも醜い姿で立ち上がり、歩き出そうとしている。
許せない。
絶対に許せない。
ジークは剣を振り上げ、そして、跳ぶ。
重力という力、それもまたこの風の盾の攻略法でもある。
「誠に申し訳ありませんがそれはお断りいたしますわ。大事な研究材料なんですもの」
「ぐ……う……っ!」
かつてのジークなら、そして、冷静な心情なら、これが例え四百年生きた魔法使いの風の盾だろうが、破壊できたはずだ。
だが、彼は年老いた。
今の彼の技量では、このシールドは破壊できない。
更に今、彼は友人の亡骸を弄ばれて、怒っている。
絶妙のバランスで繰り出された風の盾は、ジークの全ての攻撃を跳ね返す。
「さて、ここにはまだいくらでも素材がありますから、生きた者に手を出すのは後回しだったのですが──仕方がありませんね。彼らの、お仲間になっていただきましょう」
そんなことはどうでもいい、今すぐザーヴィルたちを開放しろ。
そう口にすることすらせず、無意味に攻撃を繰り返すジーク。
この歳で、ここまで怒りに塗れるとは、自身思ってもいなかった。
「起きなさい、我がしもべたちよ!」
「…………っ!?」
墓地の、そこかしこの地面が揺れ動く。
手が、足が、白骨以外何もないようなそれも含めて、墓から起き上がって来る。
「くっ!」
敵が変わり、少し冷静になるジーク。
これに噛まれたらゾンビになってしまうのか……!
だが、長年土の中に眠っていたそれは、肉は腐りかけ、もはやゾンビというよりもスケルトンに近い。
これが人を噛むことよって、よく言われるゾンビが出来るのだ。
初代のこれは動きも鈍く、また、視界も存在しないに等しい。
死霊使いが先導しなければ、ほぼまともに動くことは出来ないという。
「皆さん、彼らを襲いなさい!」
先導することによって全てのゾンビがジークに──。
「ん? 『彼ら』? ……しまった!」
ジークは、後ろで震えて、立つことすら出来ないでいるマーキィを振り返る。
ゾンビたちは、ジークだけでなく、彼女の元にも向かっている。
「く……そっ!」
ジークはゾンビを二匹ほど吹き飛ばし、マーキィの元へと走る。
「……っ!?」
恐怖と驚きで身動きすら出来ないマーキィを担いで、墓地を出る。
「マーキィ、自分で家に帰れるか?」
「……え? あ……あの……」
これは、無理だ。
意識こそあるが、恐怖で我を見失っている。
だが、あの大量のゾンビを放置して帰っている暇はない。
「パパ……パパ…………」
落ち着いてはいないが、恐ろしいものから離れたマーキィは、少なくとも泣き出すくらいには心を取り戻した。
「怖かったか? よしよし」
泣いて抱きついてくるマーキィを宥めるジーク。
「一人で帰れるか?」
「やだやだ! 無理! パパァ!」
「では、少し、ここで待っていてくれないか?」
「どうして?」
「あいつを、死霊使いを倒しに行かなければならない」
「駄目! 離れるの嫌っ!」
「そうか……」
ジークは困ることしか出来なかった。
何しろ彼は娘には甘い。
一人で帰れ、とも、ここに残れ、とも言えない。
だが、急がなければ墓場が取り返しのつかないことになるだろう。
「うむう……では、戻るしかないな……大丈夫か?」
「それも……やだ……でも、パパが一緒なら……」
「ああ、私も一緒に行く」
マーキィがぎゅっと抱きついてくる。
それを抱き返して、一旦彼女を下ろす。
「よし、絶対守るから、私のそばを離れるな?」
「うん……パパ!」
マーキィが、オーヴォルのように両手を広げる。
時間もないのだがしょうがない、ジークはもう一度抱いて──。
「っ!?」
頭をマーキィに合わせて低くした瞬間、ジークは彼女に唇を奪われてしまった。




