第24話 マーキィの甘え
「パーパ! あーそーぼー!」
家に帰り、ドアを開けた途端、マーキィ―に抱きつかれる。
「すまんがこれから出かけることになった。遅くなるかも知れん。シェラナは知っているが、エミルンにも言っておいてくれ」
「そんなの駄目だよね?」
「……何故だ?」
「パパは私と遊ぶから! 出かけるなんて駄目!」
そう言って、ぎゅっと抱きついてくる。
「わがままを言わないでくれ。仕事なのだ」
「仕事でも駄目! 最近遊んでもらってない」
「いや、毎日遊んでいるはずだが?」
「毎日の奴はちがうの! あれは、お風呂入るとか、ご飯食べるのと同じなの!」
「……つまりどういう事だ?」
「特別な遊びをしてないっ!」
これにはさすがのジークも困る。
これでもジークは毎日毎日結構な時間を割いて、マーキィやオーヴォルと遊んでいるつもりだ。
だが、それは「遊び」には含まれていないとなれば、どうすればいいのだろう。
これが子育てなのか?
いや、こういう時はちゃんと言わなければならないだろう、それが教育だ。
「私の用事がある時は遊べない。また別の機会に遊ぼうか」
「嫌! そう言って先送りにしても駄目! 別の機会は別の機会で遊ぶの!」
「…………」
駄々をこねるマーキィ。
さすがにそこまで言われると困る。
「エミルン、いるか?」
ジークはまだ、娘に厳しくは言えない。
ならば姉を呼ぶしかない。
「それは卑怯! パパは卑怯者!」
「……どうしたの? 呼んだ?」
エミルンが来た時、ジークはマーキィに抱きつかれながら、頭をぽかぽかと叩かれていた。
「マー、止めなさい、どうしたのこれは?」
「だってパパが仕事だって言うから!」
「仕事なら、あなたと遊んでる場合じゃないでしょ?」
「パパは私と仕事、どっちが大事なのっ!?」
「もちろんお前だ。だが、お前のためにも仕事をこなさなければならない」
「んーんー!」
「マーキィ、これは家族でこれからもここで生きていくには必要な事なのだ。この街は自治運営されている。だから出来るうちに街に貢献しておけば、困ったときには街は助けてくれるのだ」
「そんな難しい事言われても分かんない!」
「例えば、シェラナが魔法医療を習っているユーリィは、アルメル子爵には恩があるからと頼まれてくれたのだ。エミルンに剣を教えてくれるエイシャにしても、恩だ。我々は恩によってつながっているのだ」
「…………」
姉たちの名前を出されて、黙るしかないマーキィ。
ジークを睨む目には、うっすら涙が浮かんでいる。
「マー……」
エミルンがマーキィを抱きしめる。
「分かってる……けど……」
抱きしめられたら、マーキィは我慢していた涙がぽろぽろと流れ落ちる。
いきなり出来た父。
すんなりと受け入れてくれたのは、遊んでもらえると、甘えられると思ったからだろう。
十四歳ならも十分な大人だ。
おそらく彼女も人前では十四歳としてふるまえるのではないだろうか?
だが、家族や新しい父の前では、子供の頃のままで甘えたいだけなのだろう。
「……帰ってきたら、また遊ぼう」
「……うん」
だが、それでもジークは行かなければならない。
マーキィには納得してもらい、準備をする。
「ねえ、私は行っちゃ駄目……?」
部屋に来たのはエミルンだった。
剣の修業を、これから始めようとする彼女は、少しでも多くの実戦が見たいのだろう。
「今回の相手はゾンビ──いや、死霊使いだ。相手の性質も全く分からんから、お前を守るのも難しい」
「……だったら、私の潜在能力を──」
「いや、お前の潜在能力はとても素晴らしいものだが、相手が死霊使いなら相性がいいとは言えん。死霊使いは基本的に魔法使いを兼ねているからな」
彼女の潜在能力である高速剣術は、おそらく大抵の魔物や人間相手なら最強と言ってもいいかも知れない。
だが、高度な魔法使いが相手なら、相性がいいとは言えない。
強かろうが高速であろうが、一個の人間でしかないのだ。
相手への間合いを瞬時に詰めることは出来るが、複数の敵の攻撃を全て避け、複数の敵全てに攻撃することは出来ない。
「それに、まだ噂の段階だ。ゾンビ発見の噂が広まると、住民は恐怖を覚えるか、大抵は逃げるからな」
一般人でもゾンビの恐ろしさは周知されている。
一頭のゾンビを数日放置しただけで集落の全員がゾンビになった、などは最早誰もが知っている話だ。
「だから、今日は確認が主な仕事だ。ゾンビに関しては調査が長くなることもあるからな。その時にはまた頼むことがあるかも知れない」
「うん……」
正直、大量のゾンビに関しては、エミルンよりもシェラナの潜在能力の方が役に立つ。
だが、あえて言う必要はない。
折角自分から申し出てくれたのだから、無下にも出来ない。
「では行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
ジークはエミルンに見送られ、共同墓地に向かった。