第22話 人見知りの剣の教師
「エミルン、ちょっ──」
「うりゃぁぁぁぁぁっ!」
屋敷に戻って、エミルンを呼ぼうとしたジークは、突撃してきた何者かに飛びつかれた。
それがマーキィだと分かったので、飛びつかれるまま立っていた。
「マーキィ、どうした?」
「ずっとエミ姉の事ばっかり! 私も甘えたいのに!」
「父よ、私も甘えたい年頃なのだ。放置はいかがなものか?」
オーヴォルはいつものように万歳をしている。
「あー、分かった分かった。少し遊ぼうか」
別にエミルンの話は夕食時でもいいか、と思い、二人と遊ぶことにした。
一人だけに集中することが許されないのもまた、子育てなのだろう。
ジークは夕飯まで二人と遊んだ。
マーキィは魔法使いごっこをしたがり、オーヴォルはクマになって人間を襲うごっこをやりたがったので二人で戦ってみろと言ったが、二人ともジークに襲いかかってきた。
ジークは仕方なく二人相手に戦ってやった。
「エミルン、剣の教師を引き受けてくれるあてを見つけた」
「え……あ、うん……え!?」
食事の時に、エミルンにエイシャが引き受けてくれた事を告げると、いつもよりも挙動不審になった。
「だ、誰……?」
「ベックの所で近衛をしているエイシャという女性だ」
「まあ、エイシャさん!」
ベック邸へ行き来していたシェラナは、少し嬉しげな声を上げる。
彼女もエイシャの事は好意的なのだろう。
エイシャの性格からして、シェラナの心中を察して、色々親身になっていたのだろう。
「ベックさんの……」
だが、そんなことなど知るはずもないエミルンは、ベック邸の人間と言うだけで、拒絶の表情がある。
当然と言えば当然だろう。
「パパ! エミ姉可哀想だよ! ベックさんのところの奴なんて、絶対卑怯な手を使ってくるに決まってるよ!」
「ベックもえらい言われようだな」
苦笑するジーク。
まあ、彼が来るまでの間、ベックがこの家にとって様々な手を使っていたことは伺える。
「まあ、あれからベックも反省しているようだ。考え方も少しずつ変わっているだろう。それに、ベックはともかく、エイシャは信頼できる」
「えー? どうして?」
まだ食い下がるマーキィ。
「私と死闘をした仲だ」
「……それだけ?」
ジークからすれば、それで十分の証明なのだ。
これまでの人生で、死闘を繰り広げた相手は大抵死んでいる。
そして、生きている人間は、全員親友になった。
「それ以外に何か必要か? つまり、私と彼女は親友という事だ」
「…………?」
マーキィは首を限界までひねるが、どうにも納得が行かないようだ。
「エイシャさんの事なら私も勧められるわ? 彼女はとても勇ましく、そして優しい方だわ」
「んー、んー……シェ姉も言うなら……」
完全に納得は言っていないようだが、姉にまで言われると、それ以上文句は言えない。
「それでいいか、エミルン?」
「あ、えっと……」
困ったような、戸惑ったような表情のエミルン。
「どうした? やはりやめるか?」
「ううん、その人は知らないけど、おと……ジークさんが言うなら、私にとって最適の先生だって思う……けど……」
声がどんどん小さくなっていくエミルン。
「困ることなら何でも言ってくれ」
「……その……私は……」
もごもごと、うつむくエミルン。
「マーキィ、オーヴォル、一度部屋に戻ってなさい?」
「えー、でもまだ、話の途中だよ?」
「そうね、でも、早くお風呂に入る準備しないと、寝る時間が遅れるわ」
「んー、そうだねー、じゃ、行こ、オー!」
「うむ」
マーキィとオーヴォルは二人で連れ立って部屋を出て行った。
「二人は部屋に返したわ? これで言えるわね?」
「う、うん……その、私、人見知りだから……知らない人と二人きりになったら……困るっていうか……」
「ああ、そう言えばそうだったな……」
わざわざ妹を返してまで言うからどんなことかと思ったが、ただの人見知りの事だった。
とは言え、彼女からすれば、重要な事ではあるし、妹たちも気づいてはいるだろうが、目の前で自分から宣言したくはなかったのだろう。
「分かった、慣れるまで私も立ち会おう。どちらにしても、エイシャから教わるのだから、いつかは慣れてもらわなければならないがな」
「うん……」
「大丈夫ですわ。この子は、相手に悪意がないと分かれば比較的早く慣れる子ですから」
シェラナが笑う。
「ふむ。では、いつから始めるか、などの話を詰めることにしよう。出来ればついてきてくれないか?」
「え、うん」
エミルンは緊張の表情だが、それでも、剣を覚えられると、少し嬉しそうだった。