第21話 エミルンの教師
「久しぶり、という程でもないか、元気だったか?」
「……何しに来たんだい? 約束は守っているぞ!」
翌日、ジークはベック邸に赴いた。
数日前、命がけの戦いをけしかけた相手であり、最後には凄んだこともあり、相手は緊張しているようだ。
両脇にはいつものように、エイシャとレーナが立っている。
「いや、今日はお前に用事ではないのだが……それはそうと、あれからどうだ?」
用件はあるのだが、いきなり入る前に、世間話でもしようかと言ってみる。
「君に言われた通り、エイシャには手を出していないし……少し反省もしたんだ」
「反省?」
さすがにベックからその言葉が出てくるとは思わなかったジークは驚いて聞き返す。
「集めた冒険者たちに謝って解放しようとしたんだ」
「ほう……!」
それには本当に驚いた。
こういうタイプの貴族は一旦自分の物になった財産は絶対に手放さないものだと思っていたし、実際彼はそのタイプだろう。
「僕だってシェラナを諦めたわけじゃないんだよ。だから、彼女の前に立って恥じない人間になろうと思ったんだ。彼女も君も認めるような男になろうとね」
まだ、諦めていなかったのか、という呆れはあるが真正面から向かってくるのは悪くはない。
「それで、冒険者たちに、僕の元を去って王都に戻ってもいいと言ったんだ、全員に。そうしたらどうなったと思う?」
「全員に……?」
その全員に、彼の両隣にいるエイシャとレーナを見る。
この二人は対象外なのだろうか?
「いや、彼女たちにも言ったよ。集めた百人全員に言ったんだ」
では、なぜ彼女たちはここにいる?
いや、そうか。
「全員、残った、と?」
「さすがに全員じゃないけどね。七十人は残ったよ。慰み者のままでいいから残して欲しい、出来ればガードなどの仕事を与えて欲しい、なんて言って、残ったんだよ」
「…………」
彼女たちの気持ちも分かる。
冒険者というのは名前も格好いいし、将来名を残すのも大抵冒険者だ。
だが、社会構成の中で最下にいるならず者でもある。
使われるだけ使われて、もてはやされるだけもてはやされて、用がなくなれば切り捨てられるし、生活の保障もない。
そんな不安定な身分に、一旦彼が与えた慰み者という、生活自体は保障される生活から戻りたくはないのだ。
何より、ベックは性格こそ外道だが、顔の悪くない、若き貴族の当主だ。
ジークには理解出来ないが、そういう男に一生飼い殺されたいという願望があるのかも知れない。
「僕は彼女たちから奪うだけ奪っていたつもりだったけど、実は麻薬を与えていたんだね。今回のことで痛感したよ」
「そうか。それでその七十人をどうするのだ?」
「職を欲しがった二十人は、メイドなり門番なりで雇うさ」
と言うことは、五十人が慰み者として残ることを希望しているのか。
「モテるのだな」
ジークは苦笑する。
「よしてくれ、僕はもう分かっているんだ。彼女たちは、僕が魅力的だから残りたいんじゃない、生活が魅力的だから残るんだ」
「ま、中には何人かは本当に愛した者もいるかも知れんがな」
「僕は彼女たちを全員責任を持って、妾に迎えるつもりだよ」
「それは剛毅だな」
「そうすべき責任はあると思うんだ」
責任、と言われれば確かにあるかも知れない。
だが別に、謝って大金渡して出て行って貰うのも十分誠意だとは思う。
まあ、反省したとは言っても、独占欲は残るし、女好きも早々解消されるものではないのだろう。
「だが、五十人の妾がいる男に娘を嫁がせたいと思う親がいると思うか? 嫁ぎたいと思う娘がいると思うか?」
「分かってるよ、でもね、これは僕の犯したことなんだよ。だから、僕は責任を取る。その上で、僕が誠意ある人間だと証明して、納得してもらう」
その、納得させる相手がジークとシェラナであり、一人は目の前にいて、今まさに反論したのだが。
「……は、悪くはない」
「そうかな」
通常のスマートな方法ではない。
だが、全部潰して辻褄だけ合わせるよりは遥かに誠意があるのは事実だ。
マイナスからのスタートではあるが、様子を見ておこうか。
「ま、今の気持ちが続くようなら、信頼に足る男となり得るだろう。最終的に選ぶのはシェラナだがな」
「分かってるさ。これまでひどいことをして来た事もね。だけど、これから全部買える、それを見せていくよ」
笑顔のベック。
まあ、これからの様子見、というところか。
「ところで、今日は僕の様子を聞きに来たわけではないんだろ?」
「ああ、そうだった、頼みがあって来たのだ」
「頼み? 僕にかい?」
「いや、間接的にはそうなるのだが、直接的には、そこのエイシャに用がある」
「私、ですか……?」
「ああ、だが、君はベックの配下だ、勝手に頼むわけには行かない」
「ふむ……用件を聞こうか、この子が気に入ったのかい? それは駄目だよ」
「いや、興……彼女はとても魅力的な女性だとは思うが、そういう用件ではない。私が居候している家の次女にエミルンという子がいるのだが」
「ああ、知ってるよ。僕が行くといつも陰に隠れて、そこから睨んでいたからね」
その様子は容易に想像が出来た。
「彼女が剣術を学びたいと言っているのだが、彼女の適正は私の剣術ではないと分かったのだ。筋力がなくても、速度でカバーするような、そんな戦い方が合っているのだ」
「ふむ……それで、エイシャか」
「ああ、この前戦った時のあの速度は凄かった。あれならエミルンのいい教師になると思ったのだ」
「私が、教師……」
「もちろん剣は君の商売道具だ。それを教えてくれ、と言うのは虫がいいというのは分かっている。だが、その上でも頼みたいのだ」
「私は構わないです。貴方には恩がある。ですが、やはり私はベック様の配下ですから、まずはベック様の──」
「いいよ?」
あっさりと、ベックが許可する。
「分かりました。私は人に教えたことはないのですが、出来る限りのことを教えさせていただきます」
「助かる」
ジークは短く謝意を口にする。
「では、詳しい日はまた決めよう。本人にも知らせて来る」
そうして、ジークはベック邸を後にした。




