第20話 高潔なるゴブリン達
「待たせたな。もう大丈夫だ」
ジークはゴブリンの元に戻る。
「逃げなくてもいいのか?」
「問題ない。万一の場合、貴殿の噂は彼女が伝えるから問題ない」
「そうか……貴殿は英雄だったな。逃げることはプライドが許さぬか」
「いや、別にそうでもない。背負うものがないなら、いくらでも逃げる。だからこそ、こうして見すぼらしくなってすら生きているのだが──ただ、勝機が見えただけだ」
「ほう……」
ゼスが目を細める。
実際、勝機と呼べる明確な物はない。
ただ、エミルンから潜在能力を得た今であれば、何かがあるはずだ。
それが何かは分からないし、万一戦闘と関係なければ、負ける。
おそらく彼女の向いている戦闘スタイルはジークとは違う。
だから、この潜在能力が、自分に合うものかどうかも分からない。
「では、これで私も本気で戦える、というわけだな」
細身剣を上に突き立てるゼス。
いかにも礼節を重んじる貴族剣術のそれだ。
「うむ……こちらも本気を出す」
「そうか、では、参る──っ!」
ゼスが、先ほどと同じように瞬時に間合いを詰める。
そして、今度はジークが騙されないと理解しているのか、自分の間合いのまま、剣を突く。
「っ!」
ジークはそれを避けることをせず、あえて前に出る。
それで、細身剣の攻撃範囲を逃れるが、ジークの剣の範囲でもない。
だが──。
「ぐっ……!」
ジークは剣の柄でゼスの顔面突く。
そんな攻撃をされるとは思ってもいなかったゼスが、驚いて後ろに飛び退く。
だが、ジークはそれを許さない。
ゼスと同じ速度で前に出る。
見える……分かる……!
なるほど、エミルンの潜在能力は、この高速の動体視力、判断力だ。
彼女の適性は高速攻撃の剣士。
腕力の弱さを速度でカバーするタイプの戦士だ。
ジークは剣の攻撃範囲より斬りかかる。
先ほどの攻撃で受けた肩のせいで多少鈍る。
辛うじて避けたゼスだが、胸に切り傷が刻まれた。
潜在能力の動体視力と判断力。
そして、ジークの筋力と経験。
そこに最強が生まれた。
剣を振り切って、隙の出来たジーク、だが、ゼスが攻撃に転じるのが一瞬遅かった。
ジークは剣を引き、同じく剣を引いているゼスを待ち構え──。
「ぐっ……ぉっ……!」
細身剣の切っ先を避けた上で、ゼスの胸を突いた。
確実な致命傷。
「……なかなか、楽しい勝負だった……!」
もはや、死を悟ったゼスは、苦悶は隠せないが笑う。
「私もだ。君の名を、我が伝記に書き加えよう」
「ありがとう……また……次の……転生……」
ゼスは崩れた。
「お前らのボスは死んだ。彼に敬意を表し、今後人に危害を加えないというなら、貴様らは見逃してもいい」
「…………」
ジークが言うと、ゴブリン達は顔を見合わせて、ジークのそばに来る。
攻撃か? と警戒したが、彼らはゼスを囲んだ。
二人がゼスの遺体を背負って歩いていく。
「ジヒニ、カンシャスル。コンゴ、ニンゲンヲ、オソワナイ」
「そうか。分かった」
疑う必要はない。
ゼスの部下達なのだ。
彼の高潔を受け継いでいることだろう。
「では、私は帰る。もう会うことはないだろうが、元気に生きろ」
そう言って、ジークはそこを出て、エミルンの待つ入り口に向かった。
「……ごめんなさい」
「どうした?」
「怒ってる、よね……?」
「怒ってなどいない。戦闘中は語気も荒くなるし……ああ、今もまだ冷め切ってはいないな」
神経を極限まで使い切った高速戦を行ったのだ。
その緊張感はそう簡単に抜けるものではない。
「怒ってなどいない。お前の献身でアルメル家の者としての面目を保てたのだ」
意識していなかったのだが、ジークは自身、アルメル家の居候だと思っているが、この依頼はアルメル家が受けたものであるし、つまりは彼はアルメル家の者として受けた事になる。
失敗していれば、誰も気にしないだろうが、アルメル家の名が折れたことだろう。
「……なら、よかった」
内気なエミルンからすれば、かなり勇気の要ることだったはずだ。
だから、その献身は最大限の効果があったと言ってやりたい。
「そう言えば、お前の潜在能力が分かった。やはり、私の剣ではその力を最大限には使えないだろう」
「そう……それで、何だったの?」
「剣術だ」
「え……剣術なら……」
「いや、腕力のなさを速度で補うタイプの剣術だ。私とは違う」
「そうなんだ……」
気を落とすエミルン。
「だが、そういう剣士に心当たりはある。やってくれるかは分からないが、当たってみようと思う」
「うん……お願い……」
二人はそれ以降無言で帰路に就いた。