第18話 ゴブリンのボス
「ゴブリンは見た目が醜悪だ。トラウマにならないとも限らない。無理だと思ったら、助けを求めるか、逃げろ」
「う、うん、分かった……」
鎧を着用し、剣を背にしたジークが言うと、エミルンが緊張の面持ちで応える。
エミルンは動きやすい服装であり、厚めの服を着ているとはいえ、防御の面ではゴブリンのひっかきを回避できる程度だろうか。
まあ、昨日の今日で鎧を仕立てるわけには行くまい。
剣は父の物があるが、鎧は父の物を引き継ぐことは出来ない。
そう考えると不安は大きい。
ゴブリンは群れを成す生き物で、大きさは犬と同じくらいで、知能は猿程度。
二足歩行が普通だが、戦闘中には四足歩行になることも多い。
野犬の群れに遭うようなものだろうか。
ただ野犬と言っても小ぶりな野犬の群れと言ったところか。
大して害はないし、毒も持ってはいないが、怪我をしないわけではないし、群れの数によってはかなり厳しいことになるかも知れない。
多少の怪我は勉強になるし、シェラナがいるから治すことも出来る。
だが、数によってはそのまま殺されることもある。
ゴブリンの群れというものは、数が怖いのだ。
だからこそ、まず最初に厳命したのだ。
まずいと思ったら逃げろ、と。
ジーク一人だけなら戦い方もあるのだ。
だから、彼が憂いなく戦えるように、お前は逃げろ、という事だ。
「そろそろゴブリン発見地域に来る。注意しろよ?」
「う、うん……」
エミルンは無言で剣を抜く。
少し、重そうにバランスをを崩す。
「剣を抜いた以上、仲間の位置を常に把握しろ。仲間を殺してしまうかも知れない。それと、抜身の剣はその時点で威嚇していることにもなる。出来る限り控えておいた方がいい」
「うん、じゃあ、納めておく」
エミルンはそそくさと剣をしまおうとする。
「いや、もう剣は出しておけ」
「…………?」
怪訝な表情のエミルンは、ジークの睨む先を見る。
そこには悪魔のような顔をした生き物が二匹ほど入り口に立っている古い建物があった。
「あれが……」
「うむ、ゴブリンだが、大きいな。あそこまで育つものなのだろうか?」
哨戒するように立っているのは二匹のゴブリン。
それはジークのこれまで戦ってきたゴブリンよりは身長が高かった。
おそらく人間の女性、エミルンに近い大きさだろうか。
多少強いだろうか、だが、これまでに戦った中にあの大きさのゴブリンがいなかったわけでもない。
二匹くらいなら何とかなるか。
「お前らか、この辺りで人間の作物を襲っているというゴブリンは?」
ジークはゴブリンの知能を確認するため、そう話しかけてみた。
「イカニモ、オレタチハ、ニンゲンドモヲオソッテイル」
「ココヲ、オトズレタ、ニンゲンハ、スベテ、コロス、コロス」
「なるほど」
大体の知能は理解した。
体格からも強さを分かった、
二匹程度なら、いくらでもなんとかなる。
「ならば、俺はお前らを、殺す……っ!」
ジークは走りながら剣を抜き、一匹を切り倒す。
「ヴォ……?」
戸惑っているもう一匹に斬りかかって倒す。
この程度は年老いたとはいえ容易い事だ。
「よし、入るぞ!」
ジークは入り口から中を警戒してから侵入する。
それにエミルンが続く。
「動くな! 動いた奴は人語を理解出来ないと判断して真っ先に倒す!」
ジークが怒鳴ると、全員が動きを止める。
どうやら全員人語を介するようだ。
室内にいるゴブリンは五匹。
数が少ない、だが、全員が全員身体が大きい。
哨戒の二匹は身体が大きいから選ばれたのだと思ったのだが、おそらく一番の下っ端だったのだろう
ここにいる全員があの二匹より大きい。
そして、何より──。
「では、俺を真っ先に倒してもらおうか? 出来るならな」
奥にいたゴブリンは、ジークをも超える巨体。
確かに細身剣を手にしている。
しかも、その醜悪な表情に見えるのは、知性の瞳。
小柄ながら筋肉量の多いゴブリンをそのまま大きくしたような、強靭な筋肉。
「私は人間より強い。それを証明するため、強い人間が来るのを待っていた。貴様は、名のある者か?」
それはもはやゴブリンの口調ではなく、そして、物腰も人間の騎士のそれに近かった。
「我が名はジーク。かつて古代竜を倒し、万の単位のオーク軍に勝ち、魔界の侯爵と対峙した者」
「面白い、相手にとって不足はない」
その巨体で、小さく見える細身剣を持ち、構える。
「エミルン、逃げろ」
こいつからはエミルンを守り切れない。
それどころか、こいつの後ろには他のゴブリンもいる。
自分一人でも全員に勝つのは難しいかもしれない。
だからこそ、エミルンはもう、足手まといだ。
「う、うん……」
戸惑いながらも、従って外に出ていくエミルン。
「さて、では勝負と行こうか」
ジークは、剣を構えた。




