第13話 パパのお嫁さんになる
「お父さま、ありがとうございました」
弾んだ声で言うと、シェラナは、ジークの腕に抱き着いてくる。
「? ああ、娘を守るのは当然のことだ」
ジークはシェラナはこんな子だっただろうか? と首をひねった。
彼への接触は元から抵抗なかったとは思うが、それにしても、ここまで親し気に接触してきただろうか?
これではまるで、マーキィのようではないか。
「ふふふふ、うふふふふふ」
本人が楽しそうなので、問題にする必要はないだろう。
おそらくこれまでのベックとのやり取りが解放されたことが嬉しくて浮かれているのかもしれない。
「……帰るか」
「はいっ!」
道中、シェラナはずっと、ジークの腕を抱いて、楽しげだった。
「帰ったぞ」
「お帰り、どうだったの!?」
奥からエミルンが走るように出て来た。
姉が心配だったのだろう。
「問題ない、ベックがシェラナと無理やり結婚しようとしていたから、連れ戻してきた。手を出さないと約束させた」
「…………? 本当に?」
「ああ、本当だ」
「あの、ベックさんを?」
「もちろんだ」
「兵士の人いっぱいいるよね?」
「そうですわ! お父さまは、その中でも一番強い兵士の人を倒したのですわ! 本当に強かったのです! 格好良かったのです!」
思い出したのか、シェラナが弾んだ声でいいながら、ぎゅ、とジークの腕を抱きしめる。
「え? うん……え?」
シェラナのはしゃぎっぷりに、おそらくそんな姉をあまり見たことがないのだろう、エミルンが不思議そうに見返す。
「どしたの、シェ姉?」
「失礼だが、多少滑稽に見えるが」
「私は、決めました!」
「な、何を?」
決心したような表情のシェラナ。
「私、お父さまと結婚します!」
「は?」
「え?」
「えぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
衝撃の告白をするシェラナ。
「いや、ちょっと待て! 何も聞いてないんだが!」
「今決めたからです! 結婚しましょう!」
今度は全面的に胸から抱き着いて来た。
「……あー……」
引き離すわけにもいかず、どうすればいいか戸惑うジーク。
告白された事は何度もある。
だが、娘と決めた少女からの告白、いや、プロポーズは経験がない。
そもそも、十八の娘に結婚したいと言われる父が、この世にいるだろうか?
「まずは落ち着こう、シェラナ」
「私は落ち着いていますわ」
「うむ、君は昨日我が娘となった身だ。それは覚えているか?」
「はい、もちろんです!」
「よかった。それで、父とその娘は結婚できないだろ?」
「もちろん出来ません。ですが、私とお父さまは血がつながっておりません」
「血がつながっていなくても俺はシェラナを我が娘とすると決めた。だから、結婚は出来ない」
「やです! 私はお父さまと結婚するんですわ!」
ぎゅ、と抱きしめられるジーク。
これにはさすがに困る。
確かに、シェラナは魅力的な少女だ。
だが、さすがに年が違い過ぎるし、そもそも親友の娘と恋仲になるつもりはない。
それこそ、ベックが子爵が欲しいためにシェラナを狙ったのと同じように思われることだろう。
これは、どうすればいい?
ジークはちらり、とエミルンを見て助けを求める。
「! …………っ!」
エミルンはぶんぶんと首を振って無理無理、と表現する。
「駄目だよ! パパは私のパパだもん! シェ姉にはあげない!」
声を出したのはマーキィ。
そして、彼女は、シェラナをジークから引き離し、今度は自分が抱きつく。
「私も父が取られるのは好まない。一度父と言った以上、義兄と呼ぶのはいささか困難だ」
「わ、私も!」
そこでやっと思い切ったのか、エミルンが口を開く。
「そ、その人に、剣を教えてもらいたいから! 結婚とかしたら教えてもらえないから!」
思い切って言ったものの、別に結婚したとしても剣術くらい教えられるだろう。
「みんな……」
だが、連続で言われたシェラナは、そんなことを気にすることはない。
「ごめんなさい……私、早まりましたわ」
反省したような表情のシェラナ。
「うんうん、分かればいいよ!」
「みんなも、結婚したいのよね?」
「え?」
「仕方がないわね? こんなに格好いいお父さまですしね?」
「……え?」
何だか、変な方向に勘違いしたようだ。
「では、みんなでいい女になって、いつか、お父さまの方に告白してもらいましょうか!」
「え? 何でそんなことに──」
「分かったー! 私も頑張る!」
「面白い。私のみりょくにかなうと思っているのか」
エミルンは止めようとしたが、下の二人の妹がそれに乗ってしまった。
おそらく意味を理解していないのだろうが、乗ってしまった以上、エミルンでは止められない。
「では、これからもよろしくお願いしますね、お父さま!」
何故だか、娘が結婚したいと言い出す羽目になってしまったが、とにかくベックとの切り離しは出来た。