第12話 力を、得る。
甘い。
ジークはそう感じた。
「お前は口の中まで甘いんだな」などというここ二十年は口にしていない言葉すら出てきてしまいそうだ。
おそらく、ベック邸で出された菓子と茶の甘さだろう。
甘く、柔らかいキス。
シェラナの力が抜けていくのが分かる。
申し訳ない気持ちが心を満たす。
だが、彼女に声をかけている場合ではない。
ジークは今、戦闘中で、エイシャと──。
「悪い、とは思ってるわ……」
悲しそうな、泣き出しそうな、エイシャの声。
「あ……れ……?」
激痛。
心臓をずらしたのは、エイシャの慈悲か。
ジークの脇腹を突き刺すのは、エイシャの剣。
完全に油断だった。
戦闘中、しかも強敵相手には、キスの時間は長すぎたのだ。
「こ……れは……っ!」
死にはしない。
だが、もはや戦闘は出来ない。
体力も底が見えて来たエイシャの最後の攻撃であったのだろう。
さすがに刺されては、もはや勝ちはない。
一刻も早く負けを認めて治療しなければ、命の危険もある。
──はずなのだ。
痛みはあった。
だが、それはすぐに消えた。
身体が熱い。
いや、暖かい。
先ほどまでの痛みも、すべて消えた。
疲れも全て吹き飛んだ。
何も変わっていない。
だが、疲れてはいない。
これは、もしかすると──。
「シェラナの、潜在能力か!」
先程の致命傷も既に衣服の破れしかなく、貫かれたはずの身体は元に戻っている。
ジークは理解した。
今なら、即死傷を除くあらゆる傷も、全て瞬時に自分で自然に治してしまう。
「はぁぁぁっ!」
理解してしまえば後は簡単だ。
「くっ!」
防御など一切気にすることなく、攻めるだけだ。
体力は減衰するものの、筋力の疲労は傷と解釈されるのか回復する。
圧倒的な差があるならともかく、これで勝てないわけがない。
目の前には泣きそうなエイシャの表情。
このまま負けてしまえば彼女はベックの慰み者になるだろう。
それを避けるには──。
「はっ! やっ! ふんっ!」
一撃目で剣を吹き飛ばし、二撃目で、バランスを崩し、三撃目は、脚を引っ掛けながら強く押した。
エイシャは、背中を打つつけて地面に倒れる。
数秒は息が出来ない。
その間に攻撃したら終わりだ。
それをお互い理解しているから、勝負は既に決していた。
攻撃は、しない。
ジークは間を置かず、そのままレーナに突撃。
体型や武器から、身軽さと素早さを武器にしているのだろうことは分かる。
それならば、体当たりだ。
避けることは出来ない。
何故なら今、彼女は、守っているのだから。
愚かな主人を。
「……っ!」
最大の筋力を酷使したジークの体当たりは、小柄なレーナを吹き飛ばすのには十分だった。
もちろん、最終目的は彼女ではない。
その後ろにいるベックに、ジークは剣を振り上げ──。
「……ひっ!」
ジークは持っている剣を、ベックの据わっている椅子の背に突き立てた。
殺すことは出来た、だが殺さなかった。
それを表現するには十分な脅しだ。
「三つの事を約束しろ。破ったらどうなるか分かるな?」
「は、はい……」
「まず、シェラナと無理やりの結婚しようとするのをやめろ。会うなとは言わん、あいつがお前を好きになったなら結婚すればいい。紳士的な手段以外は使うな」
「…………」
「次が、アルメル家に手を出すな。あの姉妹を俺が全て守る。俺を倒してからにしろ。そして、最後の一つが──」
ジークは、剣を抜く。
「エイシャに、手を出すな。あれは、強い戦士だ」
「っ!?」
背後で、息を飲むのは、おそらくエイシャだろう。
「ただ、俺が……いや、俺とシェラナが強すぎただけだ」
鞘に剣を納めながら、言うジーク。
「約束は、守れるな?」
「は、はい……!」
「よし。破ったらいつでもどこにでも来るからな? 俺は古代龍を倒したジーク。後で王都の貴族にでも聞いておけ」
「…………」
ジークはベックのそばを離れる。
「……ありがとうございます」
エイシャの横をすり抜ける時、彼女がつぶやく。
ジークは何も言わず、通り過ぎた。
「シェラナ、帰るぞ?」
「はいっ!」
シェラナは駆けてくると、ジークの腕にしがみつく。
こうしてジークはシェラナを救出した。
そして、シェラナの潜在能力を理解することが出来た。




