第11話 運命を背負っての戦い
「はっはっはっはっ、面白いことを言うね。君はただの宿客、それも彼女のお情けで泊めてもらっただけだろう? 何をおかしなことを言ってるんだ」
心底おかしそうに笑うベック。
「そう言えば君は昨日も妄言を吐いていたね、古代龍を倒したとか。そういう妄言は嫌いじゃないが、場をわきまえた方がいいよ!」
「ザーヴィル──前アルメル子爵は、私の親友だ。そのツテで、彼女たち四姉妹を守ることになった、いわば父と言ってもいい」
ジークは剣を構えたまま、そう宣言する。
彼の背後のシェラナが黙ってうなずく。
ベックの両脇にいる、エイシャは剣の柄に手を置いて警戒しており、レーナは手は動かしてはいないが、警戒しているのが分かる。
「守るだって? でも、君は弱いじゃないか。本当に守れるのかい?」
「鼠も子供の前では虎になる。守るべき者がいれば、人は強くなる。これは自明だ」
「だってさ、エイシャ、聞いてた? 今なら君に勝てるってさ」
「…………」
エイシャは何も言わない。
ただ、警戒しているだけだ。
「だったら、こうしようか。もう一度君とエイシャが戦って、君が勝ったら僕は彼女を諦めよう。けど、君が負けたら、結婚を認め、あと、アルメル家を去る。どうだい? 君は、彼女を守れるかな?」
「……よかろう」
「お父様!?」
「心配するな。さっさと終えて、帰ってエミルンが用意してる夕食を食べるぞ?」
「……はい」
ジークは言うものの、エイシャは強い。
本気を出されるとまず勝てないだろう。
一つ、借りがあるし、出来れば今回は──。
「エイシャ、分かっていると思うけど、今回も負けたら君を今夜使う事にするからね?」
「っ!」
「その代わり、勝ったら二度と言わないし、報酬も倍にしよう。結婚祝いに一時金もあげようか。絶対、負けるんじゃないよ?」
嫁にしようというシェラナの前で、堂々と別の女を今夜抱くとの宣言。
ジークの契約で、シェラナは結婚しなければならない事が確定する、だから、もう素性がバレてもいいと考えたのだろう。
「承知、しました……」
エイシャの目の色が変わる。
当然だ、彼女には背負うものがある。
だが、それは今回、ジークも同じことだ。
負けられない。
負ければ、全てを失う。
「行きます──っ!」
エイシャが剣を構え、ジークの懐に飛び込んで来る。
「っ!」
ジークはそれを咄嗟に受ける。
何とか、筋力はジークの方が上回っているようだ。
だが、それは僅差であり、速度は圧倒的に向こうの方が上だ。
エイシャが、一旦離れ、そのまま間を置かずまた剣で斬りかかる。
これも叩き払うが、そのままもう一撃、何とか払い、更に一撃──。
「くっ!」
身体をひねって避けるが、腕を切っ先が掠める。
だが、エイシャの攻撃はそれで終わらず、容赦なく続く。
速攻で勝負を付けようとするのは、体力のない冒険者に多いパターンだ、おそらく体力に自信はないのだろう。
とは言え、体力のなさは、ジークの方が上だ。
昼に寝て体力を回復したとはいえ、完全ではなかったことが、戦ってみてわかる。
剣を交わすこと、もう数十回になるだろうか。
体力も落ちて来た。
エイシャも息が上がりかけている。
今は何とか耐えているが、あと数分後にはきついだろう。
しかも何回かに一回は攻撃を受けてしまっている。
こちらはエイシャに何のダメージも与えていない。
このままでは、確実に、負ける。
だが、ジークは負けられないのだ。
負ければシェラナだけではなく、アルメル子爵家全体が、ベックに奪われてしまう事だろう。
命を賭けてでも勝たなければならない。
どんな手を使ってでも。
どんな手でも──。
妖魔の呪い!
潜在能力の高いシェラナの血を飲めば、自分は力を得られる。
いや、だが、それはエミルンにしないと誓ったばかりだ。
今の状況で咄嗟にシェラナの血を口にするという事は、噛みつくしかなく、それは痛みを伴うし傷つけることにもなる。
そんなことは、出来ない、したくない。
だが、それを使わずに勝てることはありえない。
いや、だが──。
まて、あの時、ユーリィは何と言った?
「彼女たちの体液を」と言った。
ジークはそれを血と解釈したが、血以外にも体液はあるのではないか?
「ぐぁっ!?」
肩に鮮血。
考え事をして、油断をした。
これはダメージが大きい。
腕の動きが大幅に鈍る。
エイシャの動きは見えているが、動けない。
そして、更にダメージが蓄積されていく。
最早、一刻の猶予もない。
「シェラナ!」
「は、はい!」
背後からの声で、位置を把握。
迷わず彼女の元に走る。
「シェラナ、少しだけ我慢してくれ! これは親子のそれだ、すぐに忘れてくれ!」
「え? は、はい?」
戸惑うままの、シェラナ。
俺は、それ以上何も言わず、彼女にキスをした。
甘い香りと、俺自身から発する鉄の匂い、そして、驚いて見開かれた、シェラナの瞳だけを感じた。