第10話 娘を取り返す
ベック邸は一度行っているので分かっている。
まず奥に入ったところに門の警備がいる。
「失礼、私は昨日訪れたジークという者ですが、現在アルメル邸に身を寄せております。その家のシェラナ嬢がこちらの屋敷に行くと言っていまだに帰って来ないため、迎えに来たのですが」
若い頃なら、そのまま門番など突っ切って中に走ったものだろうが、今の彼はその手順の重要性を理解している。
状況が分からないうちから暴れるのは、向こうが正当な状況であった場合、何のいいわけも出来ない。
それに、最初に暴れた側が負けるのが常だ。
向こうに非がある場合も、こちらが悪いことにされてしまう。
「分かりました。少々お待ちください」
門番、おそらく元冒険者と思われる女性は、奥に入っていくと、すぐに出てきた。
「お待たせいたしました。主人が面会するそうです」
「ああ、ありがとう」
ジークはそう言われると、足早に奥に入る。
案内はいらない、居場所は分かっている。
「失礼、昨日ぶりだな、ミスター・ベック」
「君、うちに泊まれなくて、彼女のところに泊まったんだ」
多少、嘲笑の響きが混じる、ベック。
後ろにはエイシャとレーナも控えている。
「ま、彼女は優しいからね。君のようなどこの馬の骨とも分からない者でも泊めるんだろうね」
どうする?
さっさとことを運ぶか?
いや、まだ下でに出よう。
「私はシェラナ嬢を迎えに来たのです。もう夜も遅い。すぐに帰していただきたい」
「それは出来ないね。彼女は僕と結婚してここに住むことになったんだ」
やはりそうきたか。
「今朝会った彼女はそんなことを言っていなかったのですが?」
「それはそうだよ。君みたいな一夜の客人に話すはずがない」
確かにそうかも知れない。
だが、彼は今や家族だ。
家族に言わないわけがないし、彼女の口調は「用がある」程度の言い方であったし、少なくとも結婚しに行く当日の口調ではない。
「信じられませんね。妹君のエミルン嬢も存じていなかった。さすがに妹君に言わないという事はないでしょう」
「それは単に君に言わなかっただけで──」
「私はエミルン嬢からの依頼でここに来ております」
「…………」
「帰していただけますか?」
「駄目だ。彼女本人が望んで僕と結婚したいと言っているんだ」
「それこそ信じられませんが? 本人に会わせていただけませんか?」
「どうして君に会わさなきゃならないんだい? 君はただの使いだろう?」
「アルメル家の正式な使いです。私への言動はアルメル家の言葉となります」
「……しょうがないね、連れて来たまえ」
レーナが奥に行く。
ほどなく彼女は、シェラナを連れて戻って来た。
「……何があった?」
「……私、この方と結婚することになりました」
それはシェラナの言葉。
だが、そこには幸せな表情も、決意の響きもなかった。
「それが本心なら、祝福しよう。本心なのか?」
「…………」
「私は我が娘から、本心が聞きたい」
「君が僕の妻を我が娘とかいうのはおかしいんじゃないか? 不愉快だよ、そういうのはよしてくれ」
「黙れ、お前には訊いていない!」
ジークはベックを一喝して黙らせる。
「どうなんだ? 俺はお前の味方だ」
早く答えてくれ。
今は戸惑って黙っているベックが復活する前に。
「……私が結婚すれば、妹たちには手を出さないと言われて……」
「よし、分かった!」
ジークは動き、シェラナを掴んで自分の後ろに引き寄せる。
「何をするつもりだい? 僕の妻を手荒に扱わないでくれないか?」
「私はお前を彼女の夫として認めるわけにはいかん」
「はは、君は何様のつもりなんだい?」
嘲笑するベックを相手にジークは剣の柄に手を寄せる。
「私──俺は、シェラナの父親だ!」
そして、剣を抜いて、三人を前に構えた。




