第9話 武装の準備
目が覚めると、そこにエミルンはおらず、部屋はしん、としていた。
ただ、そこに微かな残り香があることから、確実にエミルンがいたことだけは分かる。
あの、やっと口を開いてくれた次女に、理由を聞くのも可哀想だろう。
大したことでもないし、心に留めておこう、とジークは忘れることにした。
部屋を出るともう、夕暮れだった。
結構長い時間寝てしまったな、夜に眠れないと、ずっと奴らの寝息聞いていなきゃならないんだな、などと考えていた。
「あ、お、おはよう」
居間に来ると、エミルンが読書をしていた。
くつろいでいたところであったと思われるが、ジークが来て明らかに緊張した。
とは言え、戻るわけにも行かないので、ここにいることにした。
「よく、休めたの?」
「ああ、おかげで筋力も元に戻った。問題ない」
「そう……」
それで話は終わった。
別にそのまま読書に戻ればいいのだが、何か話さないかとあれこれ話を考えているのが分かるので、しょうがなく、ジークの方から話をふってやる。
「シェラナはまだ帰ってきていないのか?」
「あ、うん、まだみたい」
「用というのはそんなに長くかかるものなのか?」
「多分、かからないと思うけど……」
「ふむ……どこに行ったのか分かるか?」
「確か、ベックさんにお茶に呼ばれて行ったんだと」
「ベック……奴か……」
この街に来たその日に訪問して追い返された彼だ。
どうも、嫌な予感がする。
あいつに、シェラナ、だと?
「ベックはシェラナに何の用があるんだ?」
「……前々から求婚されてるのよ」
「あいつにか!?」
ベックは貴族の当主ではあるし、シェラナも貴族の娘だ。
分からない話ではない。
なのだが、ベックは女冒険者百人を騙して連れてきて愛人にしているような奴だ。
そんな奴がまともにシェラナを愛するわけがない。
「あのね? うちはアルメル子爵家なんだけど、当主がいないのよね? だから、シェ姉の結婚相手が次のアルメル子爵になるのよ」
「なるほど」
だから、下流貴族であるベックが結婚したがるのも仕方がない。
「それに、シェ姉は社交的だし、可愛いし、この貴族の隠れ家みたいな街でも大人気なのよ」
私と比べて、と言いたいのだろう。
だが、人見知りなところ以外は、エミルンも負けていないだろう。
とはいえ、今は彼女を慰めている場合ではない。
「我々が帰ってきた時にはもう出かけていて、いまだに帰って来ない。こういう事は今までにないのだな?」
「う、うん。これまでは向こうが引き留めても、ご飯を作らないとって断って帰って来てるはずだから……」
「という事は……」
相手はベック、奴が目的のために人の心など気にしないことは分かっている。
これまでは機会をうかがっていたが、今日に何か決定的な何かが起こった可能性もある。
それにこの四姉妹は妖魔たちに狙われている。
場合によっては妖魔に襲われているのかも知れない。
「まずいぞ……」
「ど、どうするの……?」
「行って来よう」
「で、でも、ベック家ってこの街では一番兵が多い家よ? 行っても警備に追い返されるわ?」
それは、分かっている。
何しろ、ジークは内部まで見て、兵が何人もいることを知っているのだ。
それでも行くしかない。
「一人で行ってくる。三人の中で料理できる者はいるか?」
「えっと……私はいつも手伝ってたから出来るけど……」
「では、作っておいてくれ。俺はシェラナと帰って来るが、遅くなる可能性もあるからな?」
「ど、どうしてシェ姉のためにそこまでしてくれるのよ!?」
「そんなことは決まっている」
ジークは装備を取りに部屋に戻ろうとする。
「俺の娘だからだ」