第5話 〜隣家のサキちゃん〜
「そう言えばお隣の……」
土曜日になり、俺は貴重な休日を絶賛無駄遣い中。目の前に座っとる駄目僧侶もとい吟遊詩人にパンを作らされ……ん? 今何の話しとるんや?
「お隣の何やて?」
「ガサツな女、水嶋早紀とかいう名前だったか」
「あぁ……それがどないしたんや?」
水嶋早紀……サキちゃんはお隣のお嬢さんで二歳上の幼馴染だ。子供の頃はかなり親しくしとって互いの家を行き来するほどやった。彼女が中学生になった辺りからはほとんど会わんくなったけど、二階のベランダにはお互いの部屋に行き来出来るよう高架が架けられとって低いながらも鍵付きのドアまで付いとる。幼少期に俺が彼女の部屋に直接行きたいがためにベランダを飛び移ろうとして転落寸前の事態を招いてしまい、大工やった五歳上の幼馴染の親父さんにわざわざ作って頂いた。
そう言えば彼女が高校を卒業してからは直接会うて話してないな。サキちゃんは高校を出てすぐに家を出た。ご両親の話では演劇に目覚め女優で一花咲かせるために小劇団でお芝居をしとったそうや。三十歳になった一昨年、芽が出んかったんか女優業に見切りを付けて郷に戻ってきた。その後一度結婚したけど半年も持たんと離婚、今は実家暮らしなんやけど面白いくらいに彼女を見掛けん。
「いや、どうしてるのかと思っただけだ」
「そう言や俺もよう知らん」
「そうなのか? お隣だろうが」
「そんなん言われても知らんもんは知らん」
「何を知らんのや? てっぺ」
突如耳に入ってきた女の声……十年以上振りに見るサキちゃんがダイニングの入り口に立っとった。何でそんなとこに居るんや? 俺は一瞬夢を見てるんちがうかと思うたくらいだ。
「何で?」
「何で? とはご挨拶やな、パンの匂いに誘われてん」
サキちゃんは無遠慮にずかずかと入ってきてコダマの隣の椅子に座る。
「それは俺の分だ、分け前など無い」
「あっそう、んじゃもう一個作ってぇや」
簡単に言うてくれるな、パン生地作るん案外しんどいねんぞ。彼女は料理はおろか家事力そのものが皆無やからこの大変さが分からんのやな、にしてもようそんなんで結婚して主婦しよう思ったな。
「パン生地作りは命懸けだ、軽々しく言うものではない」
お前人のこと言えんやろ? けど命懸け言うんはいくら何でも大袈裟や。
「パン生地作りで死人が出たらニュースもんやろ? こんな大男がそんなんで死ぬ訳無い」
「いや、この男は見掛け倒しなのだ」
体がデカいイコール頑丈って決め付けられるんもアレやけど見掛け倒し言われてまうんも釈然とせん。
「そんなんどうでもええからもう一個作れ、一回も二回も一緒やろ」
それが人に物を頼む態度なんか? せやからガサツ呼ばわりされんねん、陰でやけどな。それに関しては俺もよう否定せん。
「一遍やってみてから言うてください」
「嫌や面倒臭い、うちの性には合わん」
サキちゃんは元々可愛い顔しとる割にお転婆やったけど、大人になって更に口が悪うなった気がする。