第1話 〜有岡家の朝〜
簡単に自己紹介は出来たと思うんで起き抜けに顔を洗う事にする。下に降りるとまだ家の中はシンとしとっておかんはまだ起きてないみたいや。その後仏壇の掃除、ここで二十四年前に亡くなった兄貴と十二年前に亡くなったおとんを祀っている。
掃除言うても軽く埃を拭き取って花瓶の水を替えるくらいのもんや、その間にやかんで湯を沸かしタイマーで炊飯しておいたご飯を小さな膳に盛って軽く手を合わせる。兄貴が亡くなって以来大学時代と用事で外泊した以外この作業はほぼ俺の日課となっている。夏におとんの十三回忌を済ませ、来年の頭には兄貴の二十五周忌が控えている。
四歳上やった兄貴は水難事故で亡くなった、俺が五歳の時やったんで九歳と早過ぎる死やった。俺が飛ばした竹とんぼが川に落ちてしまい、それを拾いに行った際での事故やった。俺はまだ小さくて泣き叫ぶ事しか出来んかった、兄貴の友達が助けようと尽力してくれたけど、自然の威力相手に子供の力は余りにも無力やった。
兄貴が亡くなってひとりっ子状態になった俺に皆優しくしてくれた。事故の現状を目の当たりにした俺の為に、おかんは仕事を一年休んで俺の側に居ってくれた。自分でも相当甘やかされて大人になったと思う、それだけにおかんを一人にしたくないという思いは今もあったりする。ひょっとしたら恋人も作らんと淡々と生活しとる俺は寧ろ心配の種になっとる可能性もあるかも知れんけど。
「おはようてっぺ、今日は早いな」
午前六時過ぎ、おかんはほぼ定刻通りに起床してきた。俺もおはようと返し、台所に入って朝飯の支度を始める。両親を始め殆どが歳上やった幼馴染たちに守られて育った俺は、せめて自分の事は自分で出来るようになろうと家事はほぼひと通り出来る。つまり料理だってまぁ人が食える程度のもんは問題なく作れるし時々やけど自分で弁当かて作る。今日は同僚と外食する約束しとるから作らんけど。
「昨夜シジミ買うて砂抜きしてあんねん、味噌汁作ってか」
「おぉ。また飲んだんか?」
おかんは結構な頻度で酒を飲む、しかも滅多に二日酔いをせんほどの酒豪である。飲酒した翌朝は味噌汁をすすり、ケロッとした表情で仕事に出掛ける。還暦も見えてきてるからちょっとは控えやと息子らしい事を言ってはみるが、禁酒したら死ぬと居直って日本酒一升を一度で飲み切るとかチャンポンしまくるとかいった無茶苦茶な飲み方をする。その割に風邪すら引かん強靭な体を持ち合わせとって羨ましい限りである。
「酒くらい好きに飲ませ」
「そうは言うけど歳なんは自覚せぇよ」
「黙れ貧弱息子、毎年毎年風邪引きくさりおってどんだけ菌に弱いねん」
そう言われてしまうとぐぅの音も出ん。俺は体格こそ恵まれているがしょっちゅう風邪を引いては何日間かは寝込んでしまう。子供の頃から気管支がちょっと弱くて気を付けとっても喉を痛めて風邪を引いてしまうんや。シジミは体にええし好きな食材でもある。俺は砂抜きしたシジミを洗い、ネギとワカメを足した味噌汁を作った。