下着泥棒は家の中にいる
「お兄ちゃん。私のショーツ知らない?」
「急にどうした!」
風呂上がりの佐那が、火照った体をバスタオルに包んでリビングへと姿を現した。
ソファーで漫画本を読んでいた兄の健二は突然のことに驚き、漫画本を手放してしまう。相変わらずリアクションの大きい子だ。
とはいえ、佐那はいつも着替えてから脱衣所を出てくるのでバスタオル姿は非常に珍しく、16歳と年頃の健二が、1歳下の佐那を意識してしまうのは仕方がないことかもしれない。
健二と佐那には血の繋がりが無く、兄妹となってからまだ一年にも満たないのだから尚更だ。
その辺りの事情は色々と複雑なので、思い返すのはまたの機会としておこう。
「洗濯機の上に着替えを置いておいたんだけど、ショーツだけが見当たらなくて」
健二とは対照的に佐那は堂々たるもので、恥じらいも見せずにバスタオル一枚で健二の眼前まで迫り、健二は佐那の姿をなるべく視界に入れないようにと、絶えず視線を泳がしている。
健二は健二で動揺し過ぎだが、佐那は佐那で無防備すぎる。
この兄妹、見ていて面白い。
「ちゃんと持ってきたのか?」
「持ってきたよ。お風呂に入る前にはちゃんとあったもん」
「妙だな。だったらどこに――」
言った瞬間、健二は再び佐那の姿を視界に捉えてしまったらしい。頬を紅潮させ、両手で目を覆うという随分と懐かしさを感じさせるリアクションを見せた。
初心な奴め。
「とりあえず部屋で着替えて来いよ。探すのはそれからだ」
「それもそうだね」
佐那は脱衣所からブラや寝間着などの他の着替えを抱え、自室へと消えた。
リビングに残った健二は精神を落ち着かせるかのように深く息を吐く。
思春期の男の子は大変だね。
程なくして、寝間着であるティーシャツとショートパンツ姿になった佐那がリビングへと戻ってきた。
「まずは状況を整理しよう」
「了解です」
頑張れ二人とも。
「洗濯機の裏に落ちてるってことは無いよな?」
「もちろん真っ先に確認したよ。綺麗好きのお母さんのおかげで、埃一つ無かったよ」
「近くに落ちてないとなると、他に考えられるのは……」
「まさか、お兄ちゃんが密かに持ち出して変態なこと――」
「しねえよ!」
食い気味に健二が反論した。もちろん佐那だって本気で言ったわけではないのだろう。ごめんごめんと言いながら両手を合わせている。
佐那はすぐに謝れるいい子。
「とはいえ奇妙なのは間違いないな。自然消滅するわけはないだろうし」
「……まさか下着泥棒?」
「流石に第三者が家の中に侵入すれば分かるだろう。俺がリビングにいたんだし、裏口から誰かが入ってくれば、風呂場にいた佐那が気付くはず」
「だよね。下着泥棒なんてやっぱり考えすぎか」
捜査? が暗礁に乗り上げ、健二と佐那は同時に溜息をついた。
血の繋がりは無くともこの兄妹、意外と似ているところも多い。
「仮に下着泥棒が存在するとしたら、そいつは家の中にいることになるんだろうな」
「家の中といっても、お父さんとお母さんはまだ帰って来てないし、今この家にいるのは私とお兄ちゃんと……あっ!」
「……俺ら以外にもいたな」
合点がいった様子で、健二と佐那が同時に私の方を見た。
やれやれ、とうとうばれてしまったか。
「クリス。お前の仕業だな」
健二が私を抱きかかえ、佐那が私の横たわっていたクッションの底を探り始めた。
「あったよお兄ちゃん」
佐那の手には彼女のお気に入りのストライプ柄のショーツが収まっている。
決定的な証拠が見つかってしまったようだ。
「まったく、人騒がせな」
「でも、犯人がクリスなら、あんまり強くは怒れないな」
佐那が優しく私を撫でた。佐那の下着を隠したのはほんの遊び心だったのだが、笑顔で許してくれる佐那はやっぱり優しい子だ。
おっと、自己紹介がまだだったね。
私はこの家で飼われているアメリカン・ショートヘアで名前はクリス。
佐那と同じで、性別は女の子だよ。
了