確認と産声
遅れてしまい申し訳ありません。現実の方でイベントが盛りだくさんだったので…。
もう一話、9月中にあげたいと思っています。もしかしたら出来ないかもしれませんが…。
遅くなってしまいましたが、こんな作品を読んでくださる読者の皆様に感謝を。
こんな作品を読んで頂きありがとうございます。楽しんでいたただければ幸いです。
その日、紛れもなく世界が動いた。
世界の中で、把握している者はほぼほぼ存在しないであろうが、確かに動いた。
遥か昔から、国を、大陸を守護するものが一度消えた。
国の上層部に値するものは即座に自分達では理解も及ばないことが起きたことを理解し、隠蔽した。
少しの間とはいえ、長き時、国を守護し続けたものが国を空けた……こんな事が民に知れ渡ればいらぬ誤解と心配を招くとして。
後に、歴史の分岐点として語られる節目の日。
民は誰1人として気付くことはなく、過ぎていく……。
コンクリートジャングルと化した現在の日本では、山奥でしかお目にかかれないような鬱蒼とした森の中で、悠一は目を覚ました。
鈍く弛い思考と共に、反射的に辺りを見回し、目を見開いた。
辺りには木々が生い茂っていた。
悠一の住む街の公園にもここまでの木々の量はない。
それに、本来ならばログインした自室のベッドの上で目覚めるはずだ。
「ここ…は……っ!?」
思わず口から漏れ出した言葉に、もう一度目を見開き、喉に手を当てた。
今しがた出た声は、明らかに年端もいかない少女の様に綺麗なソプラノ声だった。
40代であった悠一の声はどんなに高くしようがここまで高くはならない。
それに、思わず当てた手に、ぽっこり出ているはずの喉仏の感触がなかった。
悠一は、自身の喉から、こんな声が出るのを聞いたことはない。
しかし、悠一は自身から発された声により確信した。
彼がもう1つの世界と捉える、ESOでの自身の分身であるリーゼロッテの声であり、自身がリーゼロッテになっているということを。
確かめる様に持ち上げた手の肌は、シミ1つない初雪の様に美しく、細く、しなやかであった。
身に纏う服にも見覚えがあった。
白と黒を貴重とした、ゴスロリ服。
最高級のプレイヤーメイド品を強化に強化し続けたリーゼロッテの最強装備の一つであった。
持ち上げた手を握り締めたり、開いたりを繰り返す。
なんの硬さも感じさせず、柔らかく変形するもちもち肌。
幾度となく伝説を築き上げたなど誰も信じられないような手だ。
まずは能力の確認か……
一切の違和感を抱くこともなく自身の変質した体を受け入れた悠一は、初めにリーゼロッテの能力がどれほどのものなのかを確認することにした。
「さてーー」
まずは身体能力。
速度特化と比べても高い敏捷性を誇る真龍姫の速度がどのよなものか………
悠一が体に力を込め、地面を蹴り出した。そして……
ボゴォッ!!!
地面が爆ぜた。
凄まじい音が響くが、悠一にそれを気にするほどの余裕はなかった。ジェットコースターなどの比ではない、今までに感じたことのない加速感と、一瞬で目の前にまで迫った幹が直径15メートルはありそうな大木が、悠一の余裕を悉く奪い去っていた。
止まろうと、足に力を目一杯込め、地面に盛大な溝を作るが時既に遅く、勢いをほとんど殺すことの出来ぬまま、幼い身を守るかの様に両手を顔の前で交差させ、衝突。
バギャッァァ!!!!
そして貫通した。
凄まじい音、それに反する意外にも軽い痛みに止まりきったと分かると、悠一は振り返り、盛大に顔を引き攣らせた。
「……………化け物だな……これがリーゼロッテの力か…」
自身がぶつかったであろう大木には綺麗な人型の風穴が空き、そこから覗く地面には、大きな2本の溝が掘られ、その更に後ろには巨大なクレーターが出来ていた。
力を込めていたとはいえ、悠一は全力ではない。
更に特殊なスキル等を使用したわけではない。ただただ走っただけだ。走っただけのはずなのだが、まるで極局所的な災害が起こったかのように荒れ果てていた。
遅まきながら自分が促したことの大きさに悠一は目を逸らした。
「つ、次はスキルか……」
ESOには多種多様なスキルが存在するが、リーゼロッテはありとあらゆる手段を使い、修得できるだけのスキル全てを修得したため、使用出来るスキルはゲーム内で最も多く莫大だ。
最も好みであったスキルを使用しようか考えたが、悠一は即座に使用を断念した。
ただ走っただけであれだけの被害が起きたのに、悠一の最も好みのスキル、最高峰の種族やプレイヤーだけが使える超高位スキルなど使おうものならどれだけの被害が出るか予想もつかなかったからだ。
体の正面で腕を組んだ状態で悩みに悩んだ末、悠一は1つの中位スキルを発動させた。
「ーー瞬撃衝」
威力を犠牲にした代わりに全スキル中最速の攻撃速度を誇る全種族で使用可能のスキル。
それを自らが先程、体当たりにより風穴を開けた大木に放った。
ただただ正面に突き出された拳。
悠一が突き出した拳にこれまで感じたことのない…いや、つい先程感じた何かに阻害されるような感触を感じた瞬間。
パァアアアアアアアン!ドギャァッ!!
目標である大木が消滅した。
否、悠一に殴られた部分が一般人に消滅したかと錯覚させる程に、木っ端微塵という言葉が生優しく感じる程に爆砕した。
「……………は?」
悠一が呆けたように思わず声を漏らす。
悠一には一般人のように消滅した大木がコマ飛ばしのように出来たようには見えていない。しっかりと過程が見えていた。
加速する自身の拳が大木に当たる瞬間、もっと正確に言えば、悠一が阻害されるような感触を感じた瞬間、拳が何かを突き破り、盛大な音を発しながら白い何かを円錐状に纏わせた姿を。
大木に自身の拳が触れた瞬間、硬い筈の大木が柔らかいゴム等を殴ったかのように姿を変え、次の瞬間目に写り混む大木の部分全てが粉微塵に砕けるのを。
過程が見えていたとしても、まだ感覚は一般人の悠一が呆けるのは…ある意味仕方のないことだろう。
そんな悠一の体周辺に影がさした。
悠一不思議に思った瞬間、
ドゴッッ!
何かが落ちた。
音に驚いた悠一が肩を跳ねさせ、直ぐ様顔を上げる。
さて、察しのいい人はもう何が起こったのか理解したのではないだろうか?
分からない人は先程悠一が何を殴ったのかを思い返して頂ければ分かるのではないだろうか?
さて、答え合わせといこう。
顔を上げた悠一の視界には、緑の混じった茶色の物体が降って来るのが写った。
ミシミシミシという異音を響かせ近づく物体を一瞬呆けた目で見た悠一だったが、直ぐに顔を引き攣らせた。
茶色は茶色だが、悠一にとっては直前に見た同色の物体と全く同じものだった。
そう、先程悠一が殴りつけた大木が降ってきているのだ。
何の因果か、悠一の方へ。
まぁ、当たり前と言われれば当たり前としか言いようがないほどに起こるべくして起きた事象なのだろう。
大木の一部を吹き飛ばして切断したのだ。倒れない方がおかしい。倒れなければそれは多分木ではない。
まぁだからと言って、目の前の事象を直ぐ様受け入れて直撃を甘んじる程達観しても呆けてもいなかった悠一は直ぐ様瞬撃衝とは別の高位魔法を発動させた。
「黒竜の炎獄‼」
突き出された右手の手の平から、想像を絶する程の熱量が生み出され、巨大な…竜のような生物の姿をとる。
まるで黒竜。その正体は炎であるはずなのに、まるで本物の竜のような存在を発する。
まるで咆哮するかのように口を一度大きく開け、黒竜は昇った。
己を生み出したものに落下する大木へ向けて。
昇る竜と、落ちる大木が衝突し、
ドガァァァァァァァァァァ!!!
爆音を響かせ、大木は竜の炎の前に塵も残さず燃え尽き、役目を果たした竜は大気に溶けるように消えた。
瞬擊衝と同様、想像を遥かに絶する自身の放った黒竜の消えた先を呆然と暫く見ていた悠一だったが、自分の成した事を改めて振り返り、そして理解し、高らかに哄笑を上げた。
リーゼロッテの鈴を鳴らすような笑い声に、ノイズとは呼べない、よりその身を幻想的なものに昇華する、僅かな霞がかかる。
その正体は嗚咽。リーゼロッテの美しい瞳からは、幾度となく涙の雫が零れ落ちていく。
リーゼロッテの体から上がる嗚咽混じりの哄笑をどこか他人事のように聞きながら、悠一は自身の心の内から湧き出る感情の招待に気付いた。
俺は嬉しいのか……リーゼロッテに慣れて…
そう、それは喜び。魔法やスキルのような、明らかに現実では考えられないような力の存在が、自身がリーゼロッテになったという事を否が応にも理解させる。
それと同時に…自身があのクソッタレのような、忌まわしい過去しか存在しない現実の世界から解放されたことも意味していた。
悠一がここまでESOに依存している状態に近くなったのには、二つの理由があった。
一つは現実での人間関係。もう一つは、ESO内の死が、現実での死と同義だったということだ。
現実での人間関係。これは最悪の一言で終わりにしてしまえるほどに酷かった。
父親は、浮気相手と共に蒸発。母親は、悠一の父親が蒸発した数年後に、悠一のことなど存在しなかったかのように、放置して蒸発。
学校では悠一を見下し、嘲笑する奴と、巻き込まれたくないがために、遠巻きに眺める連中ばかり。
その人間関係から逃れるために初めたESOだったが、現実での全ての鬱憤を履けだすようにのめり込み、死=キャラデリートの繋がる状況がもう一つの世界と悠一に決定付けさせた。
だが…それでも心の何処かで、ESOはゲームだという気持ちが湧き出し、悠一を蝕んでいた。
それに追い打ちをかけるようなサービス終了。
自身そ城の中で最後を迎えたと思えば、いつの間にか、リーゼロッテになっていた。
何処かで、望んでいた情景。しかし、それを心の底から悠一が直ぐ様受け入れることは出来なかった。
だが、スキルや魔法の存在、リアルな感覚が現実のことだと、悠一に理解させた。
その瞬間、悠一は気づけば歓喜の涙を流していた。
目から涙を流し、口からは嗚咽混じりの哄笑を上げながら、悠一は心の内で、ある誓いを建てた。
現実でついぞ果たせなかった思い。
心の底から楽しんで、自由に生きてやる!
木々が生い茂る森に、暫くの間、歓喜の笑い声が響き続けた。
森に響いたその声は、自由を望んだ悠一が、本当の意味でリーゼロッテになってあげた、産声のようだった。