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【-7-】

「えー、あんな柔らかそうなベッドで寝ないなんて勿体無いって」

 ハチは上がり框の横手にあった収納スペースに見つけたハンガーにコートを掛けながら言う。

「ほら、三柳もコート脱いで」

 言われるがままにコートを脱ぎ、彼女に預ける。そして僕のコートもハンガーに掛けた。


 なんだろう……今の感じ。頭の中で『同棲』のイメージが出来上がってしまって、悲鳴を上げそうになってしまった。


「さて、と、部屋に入って、まずすることと言ったら、写真だね」

 デジカメを片手にパシャパシャとハチは部屋の写真を撮り始めた。これだけ良い部屋には滅多に泊まれない。僕もスマホのカメラ機能で、オーシャンビューやら部屋やらを撮影する。

「三柳、写真撮って。海をバックに撮りたい」

「はいはい」

 僕は受け取ったデジカメを構え、オーシャンビューの窓の横で綺麗にポーズを撮るハチに「はい、チーズ」と言って一枚、撮影する。


 淡々とこなしたが、ポーズを取っているハチは、ちょっと可愛過ぎて直視できなかった。


「これで良いか?」

 デジカメを返し、ハチが撮った写真を確認する。

「うん、バッチリ。カメラマンの才能あるんじゃない?」

「入社一年目の社員旅行じゃ、ほとんどカメラマンだったからな」

 新入社員ってだけで大量のデジカメとスマホを渡されて、そのたびに「はい、チーズ」と言っていた。あれは疲れた。こっちだって写真を撮ってもらいたいのに、それを我慢しなきゃならないとか、やってられない。とは言え、気の合う先輩が居てくれたおかげで、満足の行く写真を撮ってもらうことも出来たので、あまり不満と言う不満にはなっていないが、あの悪しき慣習はどこかで断ち切らなきゃならないだろう。

「正直、三柳と旅行ってちょっと不安だったんだ。話が続くか心配でさー、気まずい雰囲気が流れたら旅行そのものも楽しくなくなっちゃうし」

「そりゃ悪かったな」

「でも、喋っていたらいつの間にか着いちゃった。気まずい感じも無いし、満足満足」


 僕は今、まさしく気まずさを感じているんだけどな。


 この先、ハチがなにを言い出すか分からないから落ち着かない。露天風呂と言い出したらドキッとするし、ちょっと着替えると言ったらやっぱりドキッとする。こんなに心臓に悪い旅行も無い。

 男女で日帰り旅行では無く、泊まり掛けの旅行をした場合、女性はなにか男にアクションを求めているんだろうか。それともいないんだろうか。


 夜になった時に、そういう雰囲気になったとして、男は耐えなきゃならないのか、それとも行くべきなのか。ハチは友情で僕をこの旅行に誘っただけだとすれば、後者の選択は彼女との友情の崩壊を意味する。

 ハチが僕に、そういったことを求めているのか否か。これが分からない。いや、分かったら分かったで、よけいに困る。この悶々とした状態が一番良い。そうすれば手を出さないという選択を取るだけで、事を荒立たせることなくこの旅行は終わる。ハチにヘタレだなんだと言われようと、友情を取ったと自信を持って言えるのだから、そっちの方が絶対に良い。


「涎、出ているけど、もうお腹空いたの?」

「違う。ちょっとボーッとしていただけだ」

 涎をハンカチで拭き取る。これは、野生の本能が作り出した唾をゴクリと飲み込まないまま考えていたせいだ。


 コートを脱いだハチのファッションは、とても女性らしく、そしてお淑やかさも兼ね備えていて、なんだかもう見ているだけで目が駄目になってしまいそうだった。


 僕はやっぱり、ハチのことが好き、だったんだな。だからそれが、今になって再燃している。

 でも、この気持ちは押し隠すしかない。


 だってハチは、年上が好きだから。

 これは僕が勝手に決め付けている事柄だが、ハチが傷付いた事柄の一つでもある。


 高校二年の冬に、ハチは卒業を間際に控えた先輩に告白したのだ。それは僕にしてみれば結構、いやかなり衝撃的なことで、僕と彼女の関係も、その日が最後なんだろうなと覚悟し、一人帰り支度をした。

 で、帰ろうとしたところで、ハチが教室に戻って来た。あの時、ちゃんとハチの顔を見ることはできなかったけれど、多分、泣いていた。しばらく廊下から彼女の様子を窺っていたが、机に突っ伏したまま全く、動こうともしなかった。あれは多分、フラれたんだろう。告白を受け入れてもらえていたら、もっと嬉しそうに、それこそ満面の笑顔で教室に戻って来ていただろうから。

 僕はそんなハチを置いて、一人で家に帰った。どんな風に接すれば良いか分からなかったのだ。そして、癇癪に触れて、ハチが更に傷付いてしまったり、友情が破綻することが怖かった。


 次の日、ハチは高校を休んだ。けれどその次の日には、なんともなさそうな顔をして僕に話し掛けて来たけれど、目の下にはクマがあったし、泣き腫らしたのであろう跡も見えた。それを見ても僕は、なにも言うことが出来なかったので、いつも通りに接した。思えば、それが正しいことだったのか、間違いだったのか、今でも判断できないでいる。


 あの時、どういう気持ちでハチは僕と話をしていたのだろう。


 けれど、それを知る術は、彼女の心の傷を抉るようなことだから、この旅行でもきっと、訊き出せない。

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