【-4-】
一つ、二つ、三つほど電車を乗り継いだ辺りでお昼時となり、車窓から見える景色からハチへと視線を映した。
「三柳、お昼なに食べる? 駅弁? ってかさっき買ったんだけどさー」
「もう駅弁喰わせる気満々じゃないか」
「いひひーっ、私の行動を逐一観察してないからだよ」
それでどうして僕まで駅弁を食べることになってしまうんだよ。
そう思いつつ、ハチから駅弁と割り箸を受け取り、持参したペットボトルのお茶を窓際に置いて、食事を始める。
「やっぱ旅行の醍醐味は、地元から離れたところにある料理を食べられるところにあると思うんだ」
「にしては、具材はそれほど珍しくも無いけどな」
「出費を抑えたらこうなりました」
「それなら仕方が無い。わざわざ僕の分まで買ってもらっているんだから、これ以上、文句は言わないよ」
そう言いつつ、僕は具材と白飯を掻き込んで行く。
「……三柳ってさー、大学はどうだったの?」
僕の駅弁が半分ほど減ったところで、ハチはなにやら探るように訊ねて来た。
「充実していたよ」
「サークルとか入った?」
「入らなかったな」
「ホントに? 新歓でお持ち帰りされなかった?」
食べ物が気管に入りそうになったが、どうにか堪えた。
「なんで男がお持ち帰りされるんだよ。気持ち悪い話をするな」
「新歓に来た新入生を容赦無く食べちゃう先輩がこの世には居るらしい……」
「お前の大学のサークルがそうだったの?」
「んなわけないない。私がお持ち帰りされるタイプに見える?」
「思いっ切り見えるが?」
なにを今更なことを言っているんだ。その容姿で、その体型で、その性格で、お持ち帰りされないリストには入らないだろ。
お酒を飲まされて、酔い潰れたところを優しく介抱してくれた男にそのままラブホテルまで連れて行かれる絵はすぐに思い描けたぞ。そのあとのことについては、思い描きたくも無いが。
「私もサークルには入らなかったな。高校の部活動とノリが違うっていうか。高校まではみんな必死になって部活に励むのに、大学に入ったら終わり、みたいな人が多いなぁって」
「だったらスポーツに全力を注いでいる強豪校に入るべきだったな。そんなマジでスポーツをやっている大学生は、そんじょそこらの地方の大学にゃ少ない」
僕の通っている大学でも、力を入れているスポーツ系のサークルなんて一握りで、あとのほとんどはお遊び感覚というか、勝ち負けに拘りを入れていないどころか、大会にすら参加しないような連中の集まりばかりだった。実績が無いのにサークルが存続するのか甚だ疑問だったが、入部希望者が多いところは、基本的に潰れないらしい。
「三柳と一緒に卓球やっていた頃は楽しかったのに。今はやってないの?」
「やってない。高校の地方大会優勝で、全国予選一回戦敗退辺りで見切りを付けた」
要するに、井の中の蛙大海を知らず、というやつだ。自分がどれだけ地方で実力者だったとしても、全国には僕以上か僕と同等がごまんと居る。というか、僕以下がまず存在しないんだ。喰うか喰われるかのピリピリしたムードは、揉め事なんて御免な性格の僕には長く続けられないと分かった。
全国予選の一回戦で敗退したという点が悔しくなかったわけではないが、それでも、ここが僕の限界だなと感じるには充分なところだった。
「ちぇー、いつか三柳に勝ってやるって思っていたのに、そっちもやってないんじゃつまんないな」
ハチは高校三年生最後の大会で二回戦敗退だったっけか。それでも、女子卓球部が気を抜いているところなんて見たことが無かったし、ハチも全力で頑張っていたことは知っているので、あんまりこの昔話を続けるのもなんだかなーと思う。
「話が逸れてんだけど。お前、サークルは入ってないにしても、合コンにお呼ばれしてお持ち帰りとかされてないの?」
「だーかーらー、私がお持ち帰りされるようなタイプに見える?」
なんだか苛々しているので、この話もどうやら駄目らしい。そして、この態度から見て、本当にお持ち帰りされていないということを確信する。でも、さすがに処女ってわけじゃないだろう。僕だって童貞じゃないし。
「あぁ、違う違う違う。こういうこと考えてどうすんだ」
「三柳?」
男女を意識すると、頭の中がおかしくなりそうだったので、自分に言い聞かせていた声がハチに届いてしまったらしい。電車内の雑音の中、この独り言を聞き取るなんて、やっぱりハチは昔から耳が良い。ついでに視力も良い。頭は……平均並みだけど。
「気にするな。ただの独り言だから」
「それ、昔っからだよねー。なんかたまーにブツブツ呟いているから、怖い怖い」
「呪詛じゃないから気にするな」
「昔は呪詛だったよ」
「マジで?」
「うん、マジマジ。『なんだよアイツら、マジ人前で見せ付けて来るなよ、死んでくれ』って言っていたし」
うーん、昔の僕はカップルに対して物凄く苛々していたらしい。
まったく憶えていないが。