【-3-】
「青春18切符って18歳限定だと思ったら、全然そんなことが無いんだよねー」
「へー」
「と言うわけで、急遽、仕事が入ってしまったカスミンの代わりに頼んでみたんだけど、空いているなんてビックリした」
「へー」
現在、そのカスミンと呼ばれている子にジト目を向けられているんだけれども、これに対してなにか僕に言うことは無いかという視線をハチにずっと向けているんだが、これっぽっちも反応してくれない。なので僕は「へー」と呟きながら聞き流している。
「スミレ、本当に御免ね。この埋め合わせはちゃんとするから」
カスミンと呼ばれている子はペコリとハチに頭を下げる。それから杖に力を込め、姿勢を戻す。どうやら足が悪いらしい。僕はこういった人との接し方がよく分からない。気付かないまま相手を傷付けることもある。だから、最小限の関わりで済ました方が得策だろう。
「三柳さん」
「はぁ?」
「もしものことがあったら困ると思うんで、持って行って下さい」
「ああ、これはどうもありがとうございます……って、ゴ……ッ!」
なんで公共の場で、しかも女性から“ゴム”を渡されなきゃならないんだ。羞恥プレイにも程がある。
こうして“ゴム”を手渡されると、僕とハチの関係が非常に生々しくなり、友情の崩壊も時間の問題なのではないかという不安に駆られる。
「必要ありませんでした?」
「必要無……い、とは、言い切れ、ない」
僕はカスミンと呼ばれていた女性から“ゴム”を受け取り、素早く手荷物の中に収めた。
この旅行に関して、自分を騙して誤魔化し、雲散霧消させていた不安がようやく露呈する。
ハチと僕の間にあるのは友情だと言い聞かせて来た。よく、男女の友情は成り立たないという話を番組で耳にすることがあるが、ハチと過ごした高校生活を振り返るたびにそんなものは男女の友情を育もうとも考えなかった連中の戯言だと思っていた。
けれど、まぁこうして大人になってみると、なかなかに難しいものがある。要するに、僕の煩悩がハチとの旅行中に耐えられるか否か、である。ハチはどうせそんなこと考えもしないだろうけれど、僕は考える。考えるに決まっているだろ。高校の頃は女友達で通せても、社会人になってからじゃそんな生温いものじゃ通せなくなるものなんだから。
「自分に正直なのは良いことです。それでは、私は仕事に遅れてしまいますので、これで」
女性は杖をついて、駅をあとにした。
「カスミンは真面目な子なんだ。すっごい真面目だから、大学で一緒になった時から友達。今はリハビリ中だけど、絶対に歩けるようになるよ、あの子」
「それは、まぁ、そんな気はするけれど」
ハチは僕の曖昧な言葉に対し、嫌な顔一つせずに昔のあの屈託の無い笑顔を作る。
「んじゃまぁ、行こうか」
「あのなー、僕は確かに旅行のオーケーは出したけど、行き先を全然聞いていないんだが?」
「神様とハチのみぞ知る、ってね」
「それは困る。非常に困る。神様は信じていないし、ハチの方向音痴には懲り懲りだから、さっさと行き先を言え」
「ふっふっふ、甘いね三柳。世の中のスマホにはマップと乗り換え案内のアプリがあるんだよ。これさえあれば私はもう迷わない」
「地上階に行こうとして三階に行ったことがあるんだよなぁ」
東西南北だけでなく上下まで怪しいとはこれいかに。まぁ、あれは場所が悪かったってのもあるけど。梅田駅は案内板に従わないと僕でも上下が怪しいくらいだし。高校生の僕たちにはレベルが高過ぎた、あの駅は。
「さぁ、レッツゴー」
言いながらハチは駅員に青春18切符を見せ、「二人でお願いします」と言い、彼女が改札口を通ったそのあとに僕は続いた。
「宿泊費と交通費はあとで割り勘だったよな?」
「全部、私持ちでも良いけど?」
「そういうわけにも行かないだろ。むしろ僕の方が多く出すべきだと思っているんだが」
「へー、男の甲斐性ってやつ?」
「……そうやって茶化すんなら、全額負担しろ」
「わー嘘嘘! 嘘ですから、神様三柳様、どうかご慈悲を」
高校生のノリをそのままに大人になった感じがするんだが、これで仕事も上手く行っているんだか、心配になる。取り敢えず、先輩には好かれそうな性格をしてそうではあるし、容姿も良いので嫌われはしないだろうけれど。どの会社にも必ず居るお局様に目を付けられていない限り。
「別に青春18切符を使わなくても、車なら出せたぞ?」
「車で行くのって、なーんか華が無いんだよねぇ。旅行って言えば電車、或いは新幹線みたいなところあるから、私。で、今回は電車をチョイスしたってわけ」
「ただ車に乗り慣れていないだけだろ、どうせ。でも、行きはともかく帰りも運転で疲れるよりは、電車に揺られる方がよっぽどマシか」
「そうだねぇ、車で行くことになっていたら行きも帰りもずっと三柳が運転することになっていたからねぇ」
「免許持ってねぇのかよ……」
それなら、もうなんの文句も無い。電車で良い。
そう思いながら、僕はハチと一緒に、駅のホームへと停車した特急電車に乗るのだった。