【-13-】
「実家に帰って来たかと思えば、八宮さんのところに付き合っていることを言いに行くだなんて、筋の通ったことをするじゃない。付き合うくらいで顔を出しに行く恋人なんて、今時、そうは居ないんじゃないかしら」
「もう二十代後半だし、遊びで付き合っていると思われたくないから」
仕事用のスーツだけど、ここまで畏まらなくても良かったかな? でも、これ以外に真剣さを伝える服を僕は知らない。
「第一印象ってぇのはなぁ、最初に土下座したらどうとでもなるもんだ。俺も若い時はそうだった」
「私、土下座をした貴方を見たことありませんけれど」
「あれ、そうだったっけか? じゃぁなんだ? 俺はなにを言って、認めてもらったんだっけか? 憶えてねぇや、へっへー」
こんな父ちゃんの遺伝子を受け継いでいるなんて思ったら、少しだけ残念な気持ちになってしまうのは何故だろうか。
「はぁ……父ちゃんが今、言ったことは忘れて良いから。大切なのは、誠心誠意、話すこと。先方がいくら昔からの知り合いだとしても、大切な話なんだから、気を抜かないことと、父ちゃんみたいな常識外れなことをしようとしちゃ駄目よ? それにしても、八宮さんとそういう仲になっていただなんて、母ちゃんはビックリよ」
「なんか言われたときゃなぁ、『大切な娘さんとねんごろになっちまって本当にすみません』と土下座すりゃなんとかなるんだ」
そんなことを言って、更に土下座までしたら頭目掛けて鈍器を叩き付けられそうなんだが。
「父ちゃんはあんなのになっちゃったけど、私の親と話す時は、ちゃんと筋を通していたから、許して上げてね」
つくづく、母ちゃんは寛大な精神の持ち主だなと思う。なんでこんな父ちゃんと結婚したんだろうな。
それでも、僕の両親だ。大切な繋がりがあって、大切な関わりがあって、そして結婚し、円満なまま今を迎えている。こんな父ちゃんでも、母ちゃんが魅力を感じたんだろうし、父ちゃんだって母ちゃんに魅力を感じたに違いない。
「じゃ、そろそろ行って来る」
「行ってらっしゃい」
「おい、息子」
「なんだよ」
「無理して良い子振ったって、親はなんでもお見通しだ。嘘なんてつくんじゃねぇぞ。ありのまま全部を見せろ。腹ん中、全部を見せて、難しいことなんざ考えるな。それでその子とどうなりたいのか、それだけ伝えろ。馬鹿みてぇにカッコ付けた台詞なんていらねぇから、自分の言葉を口にしろ。そうすりゃ、殴られることはねぇよ。まぁ、そんなところだ。結婚してぇってんなら、これまた大変だが、交際報告なら、まぁ許してくれるんじゃねぇか? 勉強と部活動の両立、入試、就活、仕事。そればっかにしか目の行っていなかったお前が、そういう風に相手方のことも考えて、動けるようになったってんなら、父ちゃんとしては最高の息子を持てたと思うぞ」
「……母ちゃん、父ちゃんの言っていることってどれくらいが真実?」
「こういう人よ、昔から。否定するのはやめなさい。ちゃんと筋は通す人だから、そこは似たのかしらねぇ」
「筋を通すってのはよぉ、筋を通したいって思わなきゃ始まらねぇわな。要するに、そう思える相手が居てこそ、やってやるって思うわけだ」
要するに父ちゃんも、筋を通すような堅い精神の持ち主では無かったわけだ。けれど、母ちゃんの親に認めてもらうために、必死になって、それが結果的に筋を通すことに繋がった。多分、母ちゃんはそれに気付いていない。父ちゃんも話していない。だから「似たのかしら」と言ったのだろう。
つまり、僕もまたスミレのために筋を通そうとしている。父ちゃんほど馬鹿みたいに愚直にはなれないが、逸らさず真っ直ぐに突き進もうとは、思っている。
「父ちゃん、行って来るよ」
「おう、行って来い。それで、八宮さんってぇのはどこの誰だ?」
「父ちゃん……もう黙って家に入りましょう」
ボケてはないはずなんだけどなぁ、抜けてんだよなぁ。
でも、僕の家では、父ちゃんが労働担当というか、働き詰めだったから、それを家で支え、僕の面倒も見てくれていた母ちゃんの方が人間関係については詳しいよな。たまに家に帰っても「小学三年生の時だったかしら? 一緒のクラスだった子がね、最近、結婚して、数ヶ月前に出産したらしいわよ」と言って来ていたし。
まぁ、どこにでもある家庭だよ。特別ってわけじゃない。一家庭の一風景だ。ただ、僕は特別じゃなくて良かったと思っている。
だって特別だったら、スミレと会えていないと思うから。
「三柳」
「っ! お前さぁ……なに曲がり角で待ってんの? 自分の家で待っていたら良いだろ」
「迎えに来た。家に居ると、なんかそわそわして落ち着かなかったから」
「じゃぁ隠れてんなよ」
「三柳のお母さんに見つかると、話が長くなりそうで……と言うか、昔の経験から、長くなるのが分かっていて……」
ああ、そうなんだ。大変だな、スミレも。
「でも苦手意識は無いだろ?」
「あるわけないじゃん」
それはそれで吉報、か?
結婚前提という部分を内緒にしているので、スミレの両親にはどう話したものかと、ちょっと悩む。父ちゃんの言っていたことが、頭の中でずっとグルグルしているのだ。
「まぁ、僕の家はスミレと結婚前提で付き合っているってあとで言っても、大歓迎すると思うんだよ。でも、スミレの家は娘を委ねることになるわけだから……なんと言うか、結婚も視野に入れていることをもう話しておこうと思う」
「ふぇっ?!」
「なんだよ、そんなに驚くなよ」
「え、いや、でも、お父さん、許してくれるか分かんないよ? お母さんもそんな突然、言われたら……だって、付き合っている人が来るとしか伝えてないし」
「筋を通したいんだよ。内緒にして、それで了承を得てもなんか残る。それより、全部、打ち明けて……ぶん殴られることも視野に入れて、嘘偽りなく、話し切りたいわけだ」
「……分かった、だったら私も手伝う」
「手伝う?」
「三柳の味方をするってこと。お父さんに叱られても、絶対、折れない。だって私の家で三柳は独りぼっちで戦うなんて、そんなの辛すぎる。三柳との交際は遊びなんかじゃないって、言ってやる」
こんな時でも、そうだよな、お前は。
いつだってお前は、僕の味方で居てくれる。だから僕は憧れて、そんな風になりたいと思って、気付いたらスミレだけを見ていた。
「心強い味方だな」
「でしょー? 期待して良いよ」
「彼女に庇われる彼氏とか、どう考えても心象が悪くなるけどな」
「えーじゃぁいらない?」
「そうは言ってないだろ。一人はやっぱり怖い。だから、味方が居るってだけで頑張れる」
僕は見慣れた道を歩く。小学校、中学校、高校でも使っていた通学路だ。あの頃は大きく見えた道路も、体が大きくなったからか少しだけ狭く感じる。
そんな懐かしさを味わいながら、懐かしさから遠ざかり、今、ここに居る八宮 菫のことを考えながら、僕は真っ直ぐに突き進む。この生き様を、彼女の両親が少しでも認めてくれたなら、僕はまた少し、大人になれるのだろう。
【-FIN-】




