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高校時代のクラスメイトを集めた同窓会への招待状がつい最近、届いた。品行方正とまでは行かないが、人畜無害を貫き、のらりくらりと高校時代を過ごしていた僕のところに招待状が届くなんて、なにかの間違いなんじゃないだろうかと思ったのだが、しかし、そう言えば僕の友達が卒業前のクラス会議でそういえば幹事役を引き受けていたことを思い出し、だから、そこはかとなく高校時代のクラスメイトとの繋がりが希薄であった僕の元にもこのような招待状が届いたのだなという結論に至った。
まぁ、なんというか、友達の招待状は無碍には出来ない。これが結婚式の招待状であったなら、高校を卒業してからは、ほとんど会っていなかったし、他の人との繋がりというのも少ないだろうという判断から、都合が悪いということにして断りを入れ、代わりに祝電を送っていたところだ。そんな小さい理由で友達の結婚式に行かないという選択肢を考慮してしまう辺り、僕はどこか人でなしというか冷血漢なところがあるわけだが、同窓会ならば断りを入れる理由も無い。
幸い、後ろめたいような過去も無く、そして無職や求職中、フリーターでも無く、しっかりと定職に就いているので、同窓会に行き辛いという、よくあるパターンのコンプレックスも抱かずに、その日は上司から許可を貰って早めに仕事を切り上げた。このシワ寄せは多分、次の日にやって来るんだろうなと若干ながら思いつつ、招待状に書かれていた地図を頼りに居酒屋へと足を運んだ。
そこには懐かしい顔ぶれが当然の如く並んでいて、もう各々が食事を始めている様子だった。僕は既にお酒で出来上がっていたクラスメイトの一人に大きな声で名前を言われてしまい、全注目を浴びつつも空いていた座布団へと腰を降ろした。生ビールが中ジョッキで運ばれて来て、お酒で出来上がっていたクラスメイトの「乾杯」の音頭で、僕はもう何度目の乾杯なんだろうかと思いつつ、「乾杯」と言って、みんなとグラスを打ち合った。
クラスメイトだった女子には「今、なにしているの?」や「どれくらい稼いでいるの?」、「どこに住んでいるの?」といった、なんだここは婚活会場かとでもツッコミたくなるような質問の応酬を受けたが、「とある商社で営業として働いている」、「年収は言えない」、「独身限定の社宅に入っている」と答えた。年収を伏せたのは、稼いでいると思われたら周囲の男子に妙なコンプレックスを与えてしまうし、稼いでいないと言えばそれはそれで、自身のキャリアを自慢するような男子が挑発して来そうだったからだ。そういう、波風を立てるようなことは言いたくない。
だからスーツは、就職活動中に着ていた物を選んだ。これで営業に行けばそれはそれで恥を掻くだけでなく、取引先へのイメージにも多大な影響を与えてしまうので、一つの賭けだったのだが、今日は珍しく外回りの仕事が飛び込まず、僕はいつの間に事務職になったんだと思うくらいパソコンとずっと向き合っていたままだったで、切り抜けることができた。そのおかげで、女子は一通り僕から話を聞いたあと、元の席へと戻って行き、僕はハイエナから逃れ切った草食動物のように、胸を撫で下ろしつつ枝豆を肴にビールを飲んだ。
そんな僕に高校時代の友達が、近況を色々と報告して来たり、「二組のあいつ、三ヶ月前に結婚したらしいぜ」や「男女問わず、結婚している奴も割と多いみたいだし、俺も真剣に婚活始めようかな」と呟いていた。僕が中学生の頃に授業で書かされた人生設計では、結婚する年齢は二十七歳としていたはずだ。仕事を認められ、徐々に稼ぎが良くなり、丁度良いタイミングという中学生らしからぬ計算で導き出した年齢なのだが、肝心な“何歳で結婚相手を見つける”という部分を抜いていたため、二十五歳現在でも付き合った人数は二人ほど、経験人数は更に少なくなり一人と、この年齢にしてはあまり似つかわしくない女性遍歴になってしまっていた。
まぁでも、まだ二年あるし、と考えながら友達との会話は酒がノッて来て、よくある昔話や、やってしまったやんちゃ話、実は裏でこういうことをしていた、みたいな武勇伝も合わせて盛り上がって行った。
思った以上に時間は早く過ぎ去って、気付いたら同窓会はお開きムードになっていた。僕は友達との連絡先を改めて交換し、更新するだけでなく名刺も交換し、もうあとは店を出るだけというところまで至って、ようやっと踏ん切りをつけ、女子の輪の中に居る一人に声を掛けた。
「ハチ? お前、僕に連絡先教えてないだろ。教えてくれ」
その言葉にハチと呼ばれた女子――今や女性だが、明るく「うん、分かった。いつ声を掛けてくれるのかなって待ってたんだよー」と返事をして、僕と連絡先を交換した。
クラスメイトの男子――地味目の男子とは一通り仲の良かった僕だけれど、女子とはそれほど会話を交えたことはない。
ただ、たった一人だけ――ハチとだけは、ひょっとしたら男友達以上に話していたかも知れない。
なにより、同窓会の幹事役は、ハチだったし。
なので、ここから僕とハチの物語は始まる。