エイプリルフール
2007年のエイプリルフールに書いた作品です。このたびクリスマス編を載せるにあたり掲載しました。
抜けるような青に、俺は目を奪われた。
ここらで一番高い木に登って見上げた空は、どんな場所から見た景色よりも、深く俺の心に刻み込まれている。
『すぐ行くから、あの木の下で待ってろよ』
そういったあの日から、俺は今日までこの木に上ったことはなかった。
「あれからもう12年経つんだなぁ〜」
久しぶりの特等席で、眼下に広がる町並みを見下ろし、感慨深く呟く俺ももう20歳。
1月に成人式を終え、あと半年ほどで21になる。
この12年間、あまりにも色々な事がありすぎた。
頼りになる大好きだった父が亡くなり、母の実家の近くに越したのが12年前。
引っ越した先で友達を作り、人間関係を充実させながら、母が再婚し、父というべき人ができたのは8年前。
高校受験に四苦八苦し、なんとか入った高校を父となったあの人の転勤で違う高校に編入。
勉強の集大成とも言える大学受験を終え、大学を理由に一人暮らしすることになり、引っ越しを無事に終えて、2年間必死に履修した。
来年からは最低限の単位だけで平気だ。
大学の勉強も一段落して、そして実家に帰ったとき、残っていた荷物の中に一つのメモを発見した。
とても幼い、拙い字で書いた手紙――。
幼い頃、とても大好きだった彼女に書いた、出せなかった手紙――。
出せずにしまい込んだ手紙――。
幼い頃に確かな気持ちをまだ覚えたばかりの字で書きとめた。
そして渡そうとしたあの日、手紙を渡す替わりに着いた嘘――。
あの時、笑顔が崩れた彼女の涙を見たくなくて、必死についた嘘――。
涙を溜めながら、けれど満面の笑みで笑った彼女の顔が瞼の裏に映る――。
「あいつ、どうしてんのかなぁ〜」
あれから12年。
自分もあの時の少女ももう成人し、いい大人になりつつある。
別れの日、結局引っ越す事を彼女に言うことはできなかった。
彼女の事が気になるが、引っ越したらしくて連絡先もわからない。
だからこそ、今日、この日にこの場所に来たのだ。
あの日も今日と同じエイプリルフールだったから。
もしかしたらここにいるんじゃないかと思って――。
木に登るなんて久しぶりだった。
最後に登ったのはまだ鼻を垂らしたガキの頃だったと思う。
昔から高い所が好きだった俺は、何かあるたびにこの木に駆けあがり、そこから空を見上げていた。
隣にはお転婆な女の子が、キラキラと輝かした目で同じように街をみていた。
いつも一緒だった。
何をするにも一緒にいた。
離れてしまったあの日までは―。
「やっぱり…いないよな」
自重気味に思う。
約束したわけでもない彼女がここに来ると思う方がおかしいのだ。
「――帰るか」
木の上から見える景色をあとにし、木を下りる。
昔は気にしなかったが、それなりにしっかりした枝でないと自分の重さに耐えられない。
そんな所にも年月を感じた。
街並みから外れた、こだかい丘の上に立つ大きな木。
少し他の木より離れた所にある木が、俺等の遊び場だった。
夕暮れには真っ赤に染まった太陽を一望できる秘密の場所――。
ちょうど、今のように――。
「――変わらないな…」
どんなに月日が経っても変わらないものがあったことが嬉しい。
『――ようちゃん、そろそろ帰ろっか』
懐かしい声が聞こえた。
遠慮がちに俺を呼ぶ彼女の声――。
もう一度呼んで欲しいと強く願う…。
「――よう…ちゃん?」
耳が――、声を拾う。
反射的に振り返る。
あるはずもないであろう奇跡を信じて――。
「…ようちゃん」
そこにいたのは知らない女性だった。
ただ、その仕草が何処か重なって見える…。
今思っていた彼女と――。
「――…あけちゃん?」
微かな声を喉から絞り出す。
信じられないという想いとともに、幻ではないかと目を見張る。
瞬きした瞬間に消えてしまわないように…。
けれどニッコリと笑ったその顔はまだ幼く、昔の面影が色濃く残る。
「やっと会えた――。やっと、嘘になったね」
泣きながら笑う彼女が、驚いたように目を見開く――。
俺の腕の中で――。