1-3 塾通いへの物語
うーん、なんだ、ラブコメって現実問題そんな話、本当にしないような……
次の日の放課後、俺の姿は岬塾の前にあった。
隣には母がおり、ずかずかと自動ドアを抜けて、受付へと向かっている、それを追うようにして、俺は中へと入った。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
透き通るような声、ナルシストになるだろうが、安国香奈はすべてが完璧と言える女性だ。
惜しむは中身が俺だということだろうか。
ちなみに、当然のことではあるが、今は安国香奈になっており、服装は母の用意したものだ、胸のサイズは母に測ってもらった、Fらしい、でけぇ!
「それでは、お母様はこちらでお話を、お嬢さんは……安藤先生!」
受付嬢の女性が背後へと振り返ってそう言うと、受付の奥にある先生方のデスクの、こちらから一番近い場所に座っていた、ワイシャツの男性が「はい」と言って立ち上がり、机の上から水色の大きな封筒を取った。
「安藤先生と奥の教室で、テストを行います」
「それじゃあ、ついてきてくれるかな?」
若い男性だ、20代後半か、30代前半といったところだろうか。
さわやかな笑顔をこちらへと向けて、受付の外にでて、歩き始めた、それを追って、俺も歩き始めることとする。
そのまま灰色の絨毯が所狭しと敷かれた廊下をまっすぐと歩いていると、受付からそう離れていない、寧ろ外に出れば受付が見えるほどの距離が近い場所にあった。
そこの電気を、安藤先生がパチンと付けると、真っ白な電灯がまぶしいほどに光り、教室の全容を現した。
机が12席ほどあり、あとは時計と黒板だけのこじんまりとしたところだった。
「それじゃあ、好きなところに、あと……時間は十分ほど残っているけど、何か聞きたいことはありますか?」
「そういえば、私の高校と同じ人はいますか?」
「うん?そうだね……」
そういって安藤先生は、手に持っている資料をパラパラとめくり始めた。
「高校は……うん、三人だね、ミッセンくんと、大沢くん、あとは軒下さんかな」
軒下さんが誰なのかはわからないが、ミッセンと大沢はわかる、アレクセイ・ミッセンが、ナルシストヴァンパイアの本名だ。
そして大沢暁――お目当てだ。
「クラス、わかりますか?」
「えぇと、クラスはSクラスから、AとBにある、ミッセンくんはSクラスで、大沢君はA、軒下さんはBだね」
アレクセイは頭がよかった、なんか悔しい。
そして暁は、Aか、この塾のレベルはわからないが、正直そこで良かったと言うべきか、Bだったとしても、がんばれば上がれそうなところだ。
「同じ学校の人がいると、やりやすいですからね」
「うーん、その、学業に携わる大人として、えこひいきみたいなことはしたくないけど、できればSかAに入ってほしいところだね」
おや、それは何故?
「その……言わないでね、君は美人だからね、Bクラスはやっぱり、柄が悪かったり、ちゃらちゃらしてたりするから……」
あぁ、この状態は美人だし、悪い虫がついたりして、問題になることを恐れているのだろう、しかし、この安藤先生、結構モテるのだろう、女性に対して普通に『美人だから』と言った。
「おっと、時間だ」
そう安藤先生が言ったので、時計をチラリとみる、時刻は5時あたりだ。
「それでは、1教科40分、やるのは3教科、で合計120分、間の休憩は10分、順番は 『現代文・古語』『数学Ⅰ・A』『英語』の順番になります、何か質問はございますか?」
「ないです」
「では、これから配るので、筆記用具の準備をお願いします」
そう言われて、持ってきた鞄から筆記用具入れを取り出した。
シャーペン・消しゴム・3色ボールペン・芯入れの四つを机の上に出して、テスト用紙を受け取った。
「それでは――はじめ」
その声を聞いて、自分の名前を書いて、すぐさま問題に取り掛かった。
――数学がズタボロだ。
結果は、国語と英語が結構いい線いったような気がする、目の前で赤いマジックをキュッキュといわせながら、丸やチェックを入れる安藤先生を見た。
クラス振替結果は、明日らしいが、点数が見たいなら今ここでやるとのこと。
数学はチェックを付ける音が響き渡るが、国語はかなり良いようだ、丸が連射されていた。
時たま三角の音が聞こえる程度だ。英語は、普通暗いだろう、数学は何度も言うように死んだ。
まだ一学期で、期末テストを受けていない状態だから、まだよかった、数学が完全に死んでいるということを今理解できたのは運が良かったのかもしれない。
終わったのか、安藤先生はテスト用紙を掴むを、タンッと地面に下ろして、束を整えると、席から立ってこちらへと差し出した。
「現代語がほぼ満点、古語が普通より少し上、英語も平均以上だ、……数学は……うん」
「は、はい」
そう言って、安藤先生は、数学の間違った問題を、黒板のチョークを手にとって、カンカンッと甲高い音をたてながら書き記していった。
「問題は単純だよ? 公式はたぶん覚えていると思う、学校でもかなり重点的に教えられているから、……数学と言うのは経験と発想でね、問題を見た瞬間に『あ、これやったことある』と思い出せたり『あの公式をつかえば解けるんじゃないか?』と思いついたりできることが必須」
「はい」
「でもほとんどの人は、そうそう発想できないだろうから、そうなると反復練習、公式覚えて、ひたすら問題を解くことが必要、数学は擦りこむようにやり続ける」
そう言ってカンカンッと、俺も知っている公式を書いた。
そして、その公式に四角い枠組みを書いて、矢印を問題へと向けた。
そこから、公式をつかった解答を書いていき、チョークを置いた。
「この問題は、かなり単純、複雑そうだけど、公式をつかうと理解すれば、あてはめるだけだ」
問題文に書かれている情報を赤いチョークを手にとって丸を書いて、同じく解答へと、あてはめた部分へと丸を付けた。
「まぁ国語もできているんだし、発想する力はある、だから足りないものを補うために、問題を解いていこうか、数学はわからないわからないと嫌になるけど、わからないことの解き方を覚えて、次わかるようにしようか」
「……はい」
何というか、話がわかりやすい先生だった。
そういえば、高校受験もひたすらやり続けるものだったな、ということを思い出して、頷いた。
「それじゃあ、今回は終わり、明日結果を電話させていただきます」
「はい、ありがとうございました」
礼を言って外へと出た。
外には、お母さんが席へと座って待っていた。
「帰るわよ、お腹すいたし」
「うん」
その言葉に頷いて、母と一緒に帰宅していった。
車の中に入れられ、俺は後部座席に座った。
そのまま目を瞑り、男へと戻る、置いておいた学生服へと、家に到着する前に着替えて、今日の大きなイベントは終わった。
――次の日、俺のクラスはAであることを伝えられた。
はぁ……まぁ即座に動けるようで何よりだ――。
――というわけで、真里菜を目の前にした休日の始まりだ。
俺の部屋に真里菜を呼んだ、何故だかものすごくオシャレな恰好をしている、高校生になって目覚めたのだろうか。
「さて、とりあえず伝えたいことがある」
「う、うん……」
もじもじとしている真里菜を眺める、何か勘違いされていないだろうか?
「俺の今やっていることなんだがな」
「……え、あ、うん」
やっぱり勘違いされていたようだ、その方向はわからないが、それを正せたようだ何よりだと思った。
「そうだったわね、それで?大沢くんに何をやろうとしているのよ?」
「女性になって、急接近」
「……ごめん、何言ってるのかさっぱりわからないわ」
自分の言った言葉を思い返してみて、これじゃあただの変態であることに気付いた。
こほん、と咳をして、仕切りなおした。
「ツインヒューマンというのを知っているか?」
「ツインヒューマン、性転換と可能とする種族で、種族名の後ろにヒューマンがつく種族の一つ、その中でもヘイルヒューマンと同等の伝説の種族ね――……まさか、女性になってっていうのは」
そう言われて、すぐに目を瞑り、想像し、体を性転換させた。
「……真里菜は、暁と一緒にできるレベルで信頼できると思っている、だから言おうと思った、……秘密にしてくれるか?」
俺がそう言うと、目を丸くし、口を半開きにしていた真里菜は、すぐに真剣な表情をして頷いた。
「当然じゃないの、しかし、ものすごく驚いたわ……、しかも恐ろしいほどの美人ね……女性としてはイラッとするわ、メルオット婦人の気持ちがわかるわ」
メルオット婦人は、世界史の授業で聞いたことがある、ツインヒューマン相手に事件を起こした罪びとの名前だ。
「それで、話を聞くに、女性化状態で急接近するようだけど、方法は?」
「岬塾に入った、同じAクラスだ」
「そう……ボロを出さないようにがんばり――いや、私もその塾に入るわ」
真里菜は良いことを思いついた!と言わんばかりに笑みを浮かべてそう言った。
「いや、両親とかは?」
「大丈夫よ、中学のときに入ってたところは中学専門の塾でね、高校になったらどこにいこうか、って話を昨日もしたのよ、岬塾に行きたいっていえば、すぐに手続きするし、そもそも私にとっても悪い話じゃないもの、知り合いがいるのよ?中学時代は塾に知り合いがいなかったから心細かったけど、達也がいるなら大丈夫ね」
そう言われてしまえば、反対する理由はなかった。
女性がいれば、女性らしさというものも学べるし、真里菜はフォローもしてくれるだろう、唯一の問題は、真里菜がいることにより、俺へと繋がるものがあるということだが、それを打ち消しても余りあるほどに大きな利点だ。
「よろしくお願いできるか?」
「えぇ」
真里菜は俺へと笑顔で頷いた。
「他人として心の傷を癒す、私としても達也が決めたことに異論はないわ、元の姿だと、色々と失敗する可能性が高かったからね、とりあえず帰ったら説得するけど……」
そう言った後に、真里菜は口を閉ざし、下唇をつまんで、何か考え始めた。
そして何度か頷いた後に、両手をパンッと打った。
「女性らしさを勉強しましょう!」
「……え?何?」
突然の言葉に、首をかしげた。
真里菜はそんな俺に、腰に手を当てて胸を張って言った。
「何って、女性らしさよ」
「服は、持ってるぞ?」
俺の言葉に、真里菜はビシッと人差し指をこちらに向けた。
「達也の中での女性らしさが服オンリーなことが誠に遺憾だわ、だから!」
真里菜は決め台詞のように、声を強めて言い放った。
「私が女を教えてあげるわ!」
「なんかエロいな」
――やばっ、思わず口に出てしまった。
真里菜は少しの間、何言ってんだ?と俺の言った言葉を理解していない様子だったがすぐに、顔を赤らめた。
「そ、そういうわけじゃないわよ!?そ、その、教えないわけじゃないけど、教えるのは女性らしさよ!」
「つっても、小学校高学年は半ズボンで過ごしてたからな、真里菜が女の子って知ったの、中学の制服を見てからだし……」
思い出すと、小学校のころは一緒に野を駆けまわった記憶しかない。
「それは達也が、『女なんかと遊んでられねぇ』とか言い始めたからでしょ?」
「小学校男子はそんなことをいって、幼馴染と疎遠になるんだよ、そして幼馴染が男と付き合ったのを見て後悔するのさ」
「いや、言ったの達也だし……」
真里菜は途中で言葉を止めて、すぐに再開した。
「その、私が男と付き合ったらどう思う?」
その言葉に、未だに立っている真里菜を見る、両手を腰のあたりで握り合って、チラチラとこちらを見ていた。
「お前、好きな人いるのか?」
ふと、聞いてみた。真里菜は俺をじっと見ていた。
そして、はぁっと大きくため息をついた。何故だかものすごく不満だ。
「あー、えっと、とりあえず胡坐はやめましょう、少なくとも外では、別に気の許せる人ならいいけど」
その言葉を聞いて、頭の中に一つの記憶がよぎった。
「へぇ……あれ?ファストフード店で、女子高生が片足の両手に上げて、ゲラゲラ笑いながら太もも叩いてたけど」
「そ、それは、その、悪い例よ、はい、それ終わり!次は、そうね、口調、女言葉使いなさい!」
「あぁ、女性らしい口調ってやっぱり女性が使うからこそだよね、テレビとかオカマ芸人とかいるけど、男性だとやっぱり変だし……あぁでも、その女子高生、すごい汚い言葉を」
「悪い例よ!!あーはい、この話やめ!」
真里菜は両手でバツを作って、無理やり中断した。
そしてそのまま、一度ため息をつくと、頬を軽く掻きながら
「次は、うん……お淑やかにいきましょう」
そう言い放つ、あぁ、確かに、偏見だろうが、女性と考えると、お淑やかってイメージがあるよなぁ。
「うんうん、あれ?でも――」
「女は十人十色なのよ! でも好きな男の前では等しく女なのよ!」
俺の言葉をさえぎって、真里菜は結論付けた。
「私も達也のベッド下の雑誌見たいな幼馴染になるべくがんばってるけど!やっぱりハメを外したいと思うのよ!」
「お、おう?――あれ?」
「少し色々と考えて持ってくるわ!待ってなさいよ!」
「あ、うん」
まくし立てるようにそう言い放つと、真里菜は玄関から外へと飛び出し、自分の家へと帰って行った。
そんな彼女を見送って、俺は自室へと座り、顎に指を置いて、考え始めた。
「……あれ、聞き流しちゃいけないことを聞いたような――」
遅れた理由としては、強制再起動で、作成途中の設定資料が全部ぶっ飛んだからです。