1-2 コンビニアルバイト
とりあえず1-2はこれから出る登場人物、バイト先の人編といった感じ。
通話も終わり、クラスへと戻った。
クラスメイトは、こちらを気にしたようにチラッと見たが、落ち着き払った俺を見て、興味を無くしておしゃべりを始めた。
黒板の上にかけられている、時計を見ると、HRの五分前のようだ、自分の席へと向かっていると、真里菜が立っていた。
「あぁ、ごめん、ちょっと用事があったんだ」
「いや、まぁいいけど……何するつもりなの?」
真里菜は、ジト眼で、探るようにこちらへと問いかけてきた。
教えることができるかの判断は、一つ、ツインヒューマンについて教えられ るか、ということなのだが、まぁ真里菜は小学生からの幼馴染というやつだし、信頼するには十分だと思った。しかし、ここじゃあ無理だ、もう少し人 が少ないところのほうが良かった。
「休みあたりに話すよ」
笑顔でそういうと、真里菜は腕を組んで、ふぅと息を吐いて、
「わかったわよ」
と、諦めたと言わんばかりの口調で言った後、小さく微笑んだ。
その時だ、真里菜の顔が引きつった、小さく「うげっ」と女性が言ってはならないような言葉を発した。
真里菜がそんな顔をする相手については、心当たりがあった。
振り向くと、予想通りの姿がそこにあった。
「アレクセイ、おはよう」
「おはよう、達也、今日も僕は、美しいかい?」
「あーそーだねー」
いつも通りの会話、鏡を片手に、延々と前髪を整え続ける男、アレクセイのご登場だ。
ヴァンパイアの特徴である翼を、うっとりと頬を染めて、見つめている。
「あぁ、やはり僕は美しい、美の女神も、何も僕ばかりに愛を注がなくともよいというのに……!」
劇団チックに、自分の体を抱きしめてそう言い放つ、まぁたしかに美形ではあるのだが、ナルシスト全開にされると、キモい。
「もうすぐHRだから、もう席に着いたほうがいいぞ」
「そうかい? ご忠告ありがとう、君も僕ほどじゃないが、美しいよ?」
そういって金色の髪を掻きあげて「ハーッハッハー!」と笑いながら去っていく、相変わらず良く分からないやつだ。
「……行った?」
俺の影に隠れていた真里菜が、ひょこりと顔を見せた。
こいつは初めて会ったときから、アレクセイを苦手にしていた。
「あぁ、行った……良い奴だと思うんだけど、なんでそんなに嫌がるんだ?」
「すまないとは思うけどね……やっぱ慣れないのよ」
恥ずかしげに頬を赤らめて、真里菜は言った。
「まぁ、いいけどな」
アレクセイも特に気にしていない様子だったし、寧ろ『やはり太陽のごとく輝く僕の前には目がくらんでしまうのか……』とかいいそうだ、などと考えていると、始業の鐘が鳴り響いた。真里菜へと視線を向けると、既に席へと歩み始めていて、こちらへと手を振って去って行った。
こちらも、着席して待っていると、すぐにドアをスライドさせる音が響き、マグダリア先生が入ってきた。
片手には出席簿を持っており、教卓へと置いて、教室をぐるりと見まわした。
「ふむ、全員出席か、病気もなくてなによりだ、ではHRをはじめよう」
長寿のエルフ族であり、年齢は300を超えているらしい、年齢は噂だが、それを噂だと思わせないほどに、威厳のある声で、HRを始めた。
授業は何事もなく終わり、今日はバイトがあるために、さっさと鞄を肩にかけ、知り合い連中に声をかけて、教室の外へと出た。
最寄駅へと向かうために、歩いていると、ポケットに入っている携帯が振動した。
開くと、母親からの電話だった。
歩きながら電話に出て、耳へと近付ける。
「もしもし?」
『達也、誠人さんに言われて、すぐに入塾の手続きは終わらせておいたわ、明日テストをやって、学力を測るらしいわ、大丈夫よね?』
父が既に伝えていたようだ、いつも通りの素早い対応だ。
「わかった、ありがとう」
『まぁ、何をしたいのかは聞かないけど、入るならお金を無駄にしないでね?』
「へいへーい」
曖昧な返事をして、電話を切って、ポケットへと携帯を放り込む。
さっさと歩いて、電車に乗り、家からの最寄駅で降りて、すぐのコンビニ、それがアルバイト先だ。
自動ドアを抜けて、レジをやっているおばさんの田中さんへと挨拶してから、奥へと入って行った。
「達也くんおっはよう!」
敬礼しながら、こちらへと挨拶する、茜先輩。
特徴的な金色のサイドテールをゆらゆらと揺らしながら、いつも通り元気のいい笑顔だ。
「おはようございます、今日は早いですね?」
「いやー、講義が早く終わってさ、それでも15分程度なんだけどね? その程度だと、何かやれることもないから、さっさときちゃった!」
茜先輩は近くの大学に通っている、種族はサキュバス、それらしい胸元を大きく開いた恰好をしている、しかし貞操が固い女性だ。
容姿は良い、かなりかわいいと思う、そのためアルバイト中に言い寄られることは多々あるが、それらすべてを断っており、両親もサキュバスなのに、門限があり、日付が変わったら叩きだされると、愚痴を聞いたことがあった。
彼女を見ていると、サキュバスという存在がよくわからなくなってくる。
「やー、だけどここにきても暇になるんだよねぇー、もうここでバイトして一年になるから、覚えることもないし、達也くんが来てよかった! ねぇねぇ、なんか面白いことない?」
そう言われても、俺が亜人でしたという情報しかないのだが、それを教えられるわけもなく、こちらへと目を輝かせる茜先輩へ、苦笑いを浮かべるしかなかった。
「前もそう聞いてきたじゃないですか、面白いことなんて、そんなに起こらないですよ?」
「そっかぁ……まぁーそうだよねぇ……」
茜先輩は、少し落胆した口調でそういうと、すぐにニパッと明るい笑みを浮かべた。
「じゃあ、何かしよう!15分もあるんだし!」
「と、いってもですね、携帯ぐらいしかないですよ?」
「……うぅん……それだと一人で沈黙するしかないでしょ?じゃあ、二人で……何もなくてもやれる……指相撲?」
こいつは本当に大学生なのか?
「戦争とか、昔やったよね?」
そういって、茜先輩は、両手を握りしめて、人差し指を一本開いた。
その様子をみて、小学生以来だと懐かしさがこみあげてきた。
「それって、戦争っていうんですか?」
大体『これやろうぜ!』と言って、人差し指を立てて突き出せばわかっていたので、正式名称は知らなかった。
「私は戦争、おばあちゃんはグリンピース、まぁ色々と名前があるみたいだよ? 大体、じゃんけんなんかも色々あるんだしねぇ」
そう言われてみてもそうだ、と納得した。
その後、何となくやってしまい、妙に熱中してしまうことになる、ペチンペチンと手を叩きあって、一喜一憂し続け、それはパートの田中さんと店長に「おいコラ」と頭をひっぱたかれるまで続くことになった。
素早く着替え、店長は田中さんに少しの延長を願い出て、俺たちは店の裏で説教をされることとなった。
「いやー、痛い痛い、店長ひどい!達也くん大丈夫?」
言葉とは逆に、顔は笑顔で、茜先輩は叩かれた頭頂部を擦っていた。
そんな茜先輩を見て、店長は呆れたように溜息をついた。
「久しぶりに子供のころの遊びをやると、まぁ面白いことはわかる、俺もそうだった、だけどな、お前ら金を貰ってんだから、アルバイターの自覚を持て、時間厳守!」
「申し訳ありません店長!」
「申し訳ありません……」
茜先輩は明るい声で、俺は若干申し訳なさそうに頭を下げた。
頭を下げているために、顔は見えないが、きっと呆れていることだろう。
「次から気をつけるように、一ノ瀬さんはレジね、すぐに交代よろしく」
一緒に顔をあげると、茜先輩は「わかりました!」と言って去って行った。
「山本さんは、いつも通り、レジのフォローメイン、サブで周辺の品だし」
「はい、わかりました」
そう言われて、踵を返して去っていこうとして、止まった。
塾に通うことを言っておかなければ、そう考えて、再度向き合った。
「すいません、塾通うので、でれる曜日とか限られそうです」
「そうか、学業は本分だ、俺に拒否する理由はない、決まった時に行ってくれ、こちらで調整する……今月のシフトは決まってるが大丈夫か?」
「えぇ、まだ通うことを決めた状態なので、いつからとかはまだ決まっていないです」
その言葉に店長は頷いた。
「ま、できれば週に二日出てくれ」
「はい、そこは大丈夫です」
「わかった、じゃ、行って来い」
その言葉を聞いて、一礼をして、タイムカードを切ってアルバイトを始めた。
いつも通りだ、品だしをしながら、レジが混むと、すぐにもう一つのレジを開け、ひと段落すればホットスナック系を作って、補充していく、チケット販売の機械で困っている人がいれば、フォローを入れる、茜先輩の休憩時間は、レジへと入る――まぁ、その程度をずっと続けているだけで、今日のアルバイトは終わる。
終了の時刻へと近付くと、帰宅のお客さんも、まばらとなり、レジは少しばかり暇となっていた。
「常連さん、来るかな?」
レジのあたりで品だしをしていると、茜先輩は思いついたように問いかけてきた、常連さんと言うのは近所にする大学生で、茜先輩とは違う大学らしい、俺とは良く話すが、女性が少し苦手らしく、茜先輩とは少し距離を取っている人だ。
「まぁ来るとしたらこの時間ですけど……」
そう言った時だった、来店・退店の合図である電子音が鳴り響いた、首だけそちらを向けると、話をすれば、と言わんばかりに常連の方が現れた。
「あ、いらっしゃいませ」
「おぉ」と右手を挙げ、返答をして、すぐに奥へと向かっていった。
すぐに棚に隠れた遠崎さんを見送り、腕時計をチラリと見た、もう9時になっている、
「あがります、お疲れ様です」
「はーい、お疲れ様―!」
礼をして、さっさと事務所へと向かい、着替えて外に出る、自動ドアを抜けると、横に遠崎さんが立っていた。
「お疲れ」
「ありがとうございます」
冷たいジュースを手渡され、パキッと音をたてて、キャップを開き、ぐいっと一気に飲んだ。
稀にこう言った風に喋ることがある、本当にまれだが。
「どうかしたんですか? また女性から逃げたとか、そういう話ですか?」
この人、ワーウルフという種族だ、荒々しい種族として有名だが、遠崎さん は女性が苦手で、家事が大好きな人だった。
――なんで俺の近くの亜人は、色々と濃いやつらが多いんだ。
「まぁ、そうなんだよなぁ、なんていうか、女! って、やつが苦手だ」
「過去に思い当たることはないですよね?」
「あったら、克服に乗り出してるんだよなぁ……」
一時期、治そうと頑張ったらしいが、無理だったらしい、顔は良いのだし、女性とかかわろうとすれば、関わることはできたが、拒否反応が近付けば近付くほどに出て、最終的にはそれどころじゃなくなった、と少し前に聞いた。
「じゃあ、SNSとかスカイプとかで話してみては?」
「それだ!」
俺の言葉に、はじかれたようにこちらを見た。
そしてこちらへとガッツポーズを見せ、
「天啓だった!」
と言って、去って行った。
そこまで良いアドバイスをしたとは思わないのだが……まぁ、天啓だと言うほどに素晴らしいと言ってくれるなら、嬉しかった。
遠崎さんを見送ってから、人が行きかう夜道を歩き始めた。
(さて……明日は、入塾前のテストだ)
できることなら暁と同じクラスになりたいが、暁のクラスを知らなかった。
できれば、学校に居る間に、できなければ、テスト前に、テスト用紙を持っ てきた人に聞けばいいだろう――そう考えながら、家へと帰宅した。
盛り上がりに欠ける……次回から塾に向かう感じです。