プロローグ
TS作品って、視点を変えると同性愛にならない?
って言ったら、知り合いからすごいバッシング食らった。
山本達也にとって、大沢暁は、人生の恩人である、そう断言できるほどに、俺は暁に感謝をしている。
あれは、俺が幼稚園生のころだった、その頃の俺はいじめられっ子で、毎日泣かされていた。両親は、手間のかかる年齢である妹の世話ばかり、俺は心配をかけたくなくて、毎日何も言えずに、風呂で泣いて、最後に顔を洗って、何事もないかのように外に出ることが続いた。
その今でも思い出したくない日常は、突然変わった。
「弱い者いじめはやめろぉ!」
蹴られ、砂をぶつけられ、いつものようにカメのように丸まっている俺に聞こえてきたのは、暁の声だった。顔をあげると、そこには俺と同じくらいの体格の男の子が、顔を真っ赤にして、足を振るわせて立っていた。
少しの期待が、その頼りなさに打ち砕かれた、正直期待は抱けなかった。
いじめっ子たちは口ぐちと「偉そうなんだよ!」「バカじゃね?」と言い放って、暁へと詰め寄った、彼は逃げることなく、いじめっ子たちへと飛びかかった。
一方的だった、すぐにマウントを取られてボコボコにされて、それでも彼は逃げなかった。
暁は必死に縋りつき、その執念は、いじめっ子たちが疲れ果て、ボロボロになっているのは相手のほうなのに、逃げるように退散するまで続いた。
去っていくいじめっ子を見届けて、暁はふらふらと俺のほうへと駆け寄ってきた。
「大丈夫?」
顔が腫れている、服がところどころ破れ、痣になっているのが見えていた、むしろお前が大丈夫なのか?と問い返したい気分になるほどボロボロだというのに、暁は笑顔で問いかけてきた。
それを見た瞬間、俺は自分の情けなさに涙が零れた、ぬぐっても、ぬぐっても、それは流れてきた。
「……ごめん、なさい」
「違う」
暁は、俺の謝罪の言葉を、頭を振って否定した。
そしてサムズアップして、さらに笑みを強くして、こちらへと言い放った。
「ありがとう、だろ?」
その言葉に、自然と笑みが浮かんだ。
俺は頷いて
「ありがとう」
と言った。
そのころだ、俺は変わろう、強くなろうと思って、努力してから、今の俺がある。
だから――だから
(今度は、俺が救う番だ)
鏡の前でパンッと頬を張り、自分の顔を確認した。
茶色がかった髪は、黒に変わり、腰まである長い髪を、ゴムで縛ってポニーテールにした。
肌は透き通るように白く、瞳は優しげだ、ニコリと笑顔を浮かべると、こちらがドキッとしてしまう美貌がそこにあった。
胸を軽く触り、慣れないブラジャー越しに、やわらかな感触を感じた。
(俺は、今女になっている)
ツインヒューマン、俺は、男と女、どちらにでもなれる種族であることを、先日の誕生日に教えられた。それを、俺は渡りに船だと思った。
――暁は、人間不信に陥っていた。幼稚園の卒園式後、引っ越ししてしまった後のこと、母親が豹変し、暴力を振るうようになってしまったと聞いた。高校で出会い、喜びながら声をかけたとき、暁の変わりように、愕然としたものだ。なんとか元の彼に戻ってほしかったし、一緒に遊びたかったために、何度も声をかけたが、彼は俺にも怯えるような視線をかけてきた。
彼の心の中に、母親という存在が深く刻まれ、それは女性不信となり、それを根っこにして、人間不信という毒の華は咲いてしまった。それを引き抜くためには、根っこから引き抜かなければいけない――つまりは、なんとかして母親の傷を埋めなければならなかった。
(待ってろ暁!)
トイレの扉を開け放つ、目の前に青い自動販売機と、灰色の絨毯が敷き詰められた床が見えた。岬塾、暁の通う塾だ。
周囲を見回す、廊下に置かれている椅子に腰かけて、ダベっていた男たちが、こちらを見惚れるように見ていた。それをスルーして、自分の通う教室を探した。
――308教室、右奥にそう書かれた教室があった。
絨毯を踏みしめて、まっすぐに進んでいく、もう心の準備は万端だ。
(――遊びに行くぞ!)