太陽消滅事件~エピローグへ
休憩時間 太陽消滅事件
飼育部のスケジュールには野外活動も組み込まれている。週に一度、木上ドッグパークを貸し切り、動物たちのストレスを発散させるのだ。イグアナやリクガメなど運動させる必要のない動物は置いて行き、それでも多いので二回にわけて連れて行くことになっている。つまり、動物たちにとっては二週間に一度の外出日なのである。
今回のメンバーは、ヒツジ、アルパカ、ウサギ、カンガルー、カピバラ、ブタ、そしてシュウゾウ。移動はサーカスの大行進のように目立ったけれど、はずかしさを押し殺していたらいつの間にか木上ドッグパークに到着。
柵があるけれど、高さの関係でカンガルーだけは首輪をつけられている。みんな水を与えたシュウゾウのようにはしゃいでいる。そんな光景を見ていると、やっぱり動物たちには広い空間が必要なのね、と複雑な気持ちになる。
かつて松則くんがこう言っていた。
『動物園というのは、動物の保護にもなっているんだよ』
一理あるとは思う。
絶滅の危機を人間の手で救う。その考えはすばらしいと思う。しかし、そういう環境を作ったのが、そもそも人間自身なのだ。ワタシにはそれが、保護という言葉はただの罪滅ぼしにしか感じられない。
でも、何もしないよりはいいか、と諦めてもいる。例外はあるが、ほとんどの人がワタシと同じ想いでいるかもしれない。発展のために仕方のない自然破壊。動物のために車などを放棄するか、エアコンンを禁止にするか、それは無理だ。
すなわち動物園とは、免罪符ではないのだろうか。
免罪符……①転じて、広く罪責を免れるためのもの ②中世カトリック教会が絡んでくるけど①だけを覚えれば問題ない言葉
今日を生き抜くか餓死するか。楽をしてエサを与えてもらうか。しかしその代償は狭い檻の中。どちらがいいのか、動物に聞かなければわからない。
動物園の存在意義。
答えは、ひとつではないのかもしれない。いつか、わかる日がくるのだろうか。
シュウゾウがこれまでに見たこともないくらい走りまわっている。あんたは暴れ過ぎたらダメよすぐバテるんだから、と心配したけれど、冷水を持ってきたからまあいいか、と放置。追いつけもしないのにウサギと走りまわっている。
そこでワタシは不思議なことに気づいた。太陽は燦々(さんさん)と光り輝いているんだけど、ちょっとひんやり。
手をかざして上空を眺めていると背後から夜菜が近づいてきた。
「ツノミちゃんも気づいたのね」
ただでさえ大きな眼を、めいっぱい広げている。
「日差し……弱いよね。おかしいな、と思ったの」
「いひひひ」出た変な笑い方。「ツノミちゃんの感はするどいのね、そう、太陽の熱が弱いの。何故かって、実をいうと地球はね、もう滅びちゃうのよ」
あそうなんだ、と答えてワタシはシュウゾウを探した。ウサギとの追いかけっこに飽きたのか、小型犬用のドッグプールに移動して幸せそうだ。お水を持ってこなくてもよかったのね。
栃宗とヒミヨはしっかりと動物たちの管理をしていて、松則くんは奥でドッグパークの管理人と話をしている。
おもむろに松則くんがこちらを向き、それから近づいてきた。ワタシたちの目の前で止まり、まじめな顔になって言う。
「最近、この公園に何者かが侵入している形跡があるみたいなんだ。針とかカミソリとか落ちてたりしたら心配だ。ボクは管理人の木上さんに、もう少しくわしく話を聞いてくるね。その間、みんなを頼んだよ」
視線を向けると、管理人さんは笑顔で手を振ってきた。短くて白い髪に大きな眼鏡。人懐っこそうな顔をしている。ワタシが会釈したところで松則くんが続ける。
「ツノミさんは初めてだったね。ひとつ注意事項がある。あの岩なんだけど――」
そう示されたのは角にある大きな岩だった。三メートルはあるだろうか。太いしめ縄で覆われ、霊験あらたかな感じで太陽の光を冷たく反射させていた。
霊験……①神仏が人々に示す不思議な反応 ②自ら名乗る人には気をつけましょう
「神が宿っていると言われている由緒正しき岩なんだよ。決して、傷つけたりしないようにね」
へえ、そうなの、ワタシはなにもしないけどシュウゾウは心配ね。突いたりおしっこかけたり。気をつけるわ、と気を引き締めたところで松則くんは踵を返して木上さんの元へ戻って行った。
そこで夜菜がまた口を開く。
「これを見てほしいの」
そう言って彼女は携帯電話を出して映像を再生させた。
『――太陽の黒点が年々減少傾向にあります。その影響により、地球の気温が低下しており――』
映像が終わり、夜菜の顔を見るとなぜか勝ち誇ったような表情を浮かべていた。
「温暖化、温暖化、言ってるけどね~、実は、太陽のちからが弱まっているのよ。氷が解けていくのはそのうち止まる。そしてね、大寒波が襲ってくるの。それが、地球の末路」
などと突拍子もないことを自信満々に語っている。
「太陽が燃え尽きるってこと?」
「そうよ。科学者も懸念しているんだから」
「超新生爆発するの?」
「ううん」夜菜が首を横に振る。「もっと大きくないとダメらしいわ。太陽って水素を核融合させて光っているでしょ。水素がそのうちヘリウムになって今度はそのヘリウムが核融合して、その瞬間から赤色巨星になるの。でもそのあとガスも太陽自身が持つちからで飛ばされて、白色矮星になっちゃうのよ。ちっちゃくなって終わり。爆発はないわ」
ガスが飛ばされたときに地球もはじき飛ばされるんじゃないの、とも思ったけど、話が長くなりそうだったので黙っていた。一応、聞いていることをアピールするために相槌だけは打っておく。
「おそらく」夜菜が天を仰いだ。「太陽の冷却期間がもう、始まっている」
ワタシも夜菜と同様、大空を見上げた。雲のない透き通った空だった。平和そのもの。でも、とワタシは気を引き締める。平和は、すぐに反転する。背中あわせに、災厄は待ち構えているのだ。
顔を戻すと夜菜の姿が消えていて、例の大岩に向かって歩いているところだった。岩に近づく免罪符が出来たのでワタシは彼女を追いかけた。
「この岩」夜菜は振り返らずに、ワタシが近づくと静かに語りだした。「予言の岩、と呼ばれているの」
「予言の岩?」
「そうよ。岩の表面に文字が浮かんできて、その言葉のとおりに異変が起こったらしいわ」
また文字が浮かぶの! と辟易したけど黙っていた。
「ツノミちゃん、英語は得意?」
いきなりのぶっ飛んだ質問にワタシの思考は停止してしまった。
「え、英語? ま、まあ、《ア、リトル》」と英語で答える。
「じゃあ、雨は?」
「Rain」
「嵐は?」
「ストルム……違うちょっと待って、ス、Storm」
「すごいすごいツノミちゃん、英語ぺらぺらだね」
このレベルですごいって言われても……。だけど褒められてうれしいので照れ笑い。
「じゃあ、日照りは?」
うおっと、難しい!
「ド、ドラート……?」
そう答えると、夜菜は口を開けたままワタシの顔をじっと見つめた。
「な、なによ」
「ツノミちゃんが天才だとは知らなかったわ。いやよいやよ、置いて行かないで!」
夜菜の眼に涙が浮かんできた。泣かれると面倒くさいのでワタシはすぐにこちらから質問した。
「夜菜はまだ習ってないだけよ。これくらいなら誰でもわかるわ。それより、なんで英語の質問なんかしたの? 今は関係ないことじゃない」
「いひひひ」ころころ変わる夜菜。疲れてきた。「実はね、ある日、岩の表面に英語が浮かんできたのよ」
なんで日本語じゃないの!
「この予言の岩って、天の岩屋って言われている洞窟をふさいでいた岩の欠片らしいの」
「天の岩屋……?」
聞いたことがある。アマテラスが弟のスサノヲのいたずらに耐えきれずに隠れたとされる洞窟だ。オモヒカネの策によって見事アマテラスを引きずり出した。えっと……そうだ、思いだした、そのあとに《しめ縄》が出てくる。神社などでよく見かけるしめ縄とは、神のよりどころと定め、そこから神が出て行かないようにするという意味がある。
この予言の岩に、神さまが封印されているというの!
そんなまさか、と驚いていると、ワタシ以上に、顔をこわばらせていた夜菜。
彼女が、ぶるぶると震える腕を前に出し、預言の岩を指さしたのだ。指をさしちゃ罰があたるわよ、という警告はしかし、喉元に引っかかって出てこない。
「ツノミちゃん……太陽って英語でなに?」
「サン」
「じゃあ、歳は?」
「エイジ」
夜菜の身体全体が固定されていない洗濯機のように震えだした。
「太陽はもう、寿命なのね……」
預言の岩の表面に浮かんだ文字は英語でこう書かれていた。太陽の歳。Sun ege。つまり岩の中に封印されている神が警告を発しているのだ太陽は燃え尽きようとしている太陽に依存している地球は太陽なしでは活動できないすなわち太陽の死=地球の滅亡その未来は確定しているああどうしましょう氷河期が訪れたら人間は生きていけるのかしらでもちょっと待ってペンギンは?ペンギンなら生きられる?そうよだからシュウゾウは大丈夫。
シュウゾウと眼が合う。プールから上がり、こちらへ向かって走り出した。ワタシはシュウゾウを鼓舞する。
「危険を察知したのねシュウゾウ! 偉いわ! 今から漁の特訓よ。ただでさえ身体が真っ白だから苦労するわよ、覚悟なさい。シュウゾウ! ワタシがいなくても、自分で生きられるようにしなきゃ。生き残るために」
「ああ、なんてことだ。本当だった」
松則くんがワタシたちの背後に立ち、岩を見上げていた。ワタシは彼に言う。
「ねえ、ダメなのかな……」
「ああ、ダメだよ。こんな、すねげ、なんて落書きしちゃ」
すね毛?
Sun age ←太陽 歳
Sun ege ←Su ne ge
「小学生くらいの子どもたちがやったんだな。まったく困ったものだ」
「どうしようもないいたずらね。太陽の心配をしちゃったじゃない。ねえ、夜菜?」
「太陽?」と茫然とする松則。
夜菜に助け舟を求めようと思ったけれど、彼女はヒミヨたちと合流して動物の世話をしていた。意識してか、こちらに背を向けている。こちらを見ようともしない。
あんたのせいじゃない!
シュウゾウはというと、ワタシを通り越して、持ってきたエサが入っているバッグに、パクリ。
あんたは食い意地?
「太陽がどうかしたの?」
「なんでもないわよ!」
終章
警察の懸命の捜索もむなしく、兄の行方は依然として不明のままだった。
母親がこれからも捜し続けるよう、警察に涙をこらえながら哀願しているところを何度も目撃している。
父親が部下とともに駅前などでビラを配っているところを何度も目撃している。
ワタシは自分のブログで呼びかけている。いっしょに探してあげる、と言って、自身のブログで手伝うクラスメイトも出てきた。それだけではない。警察は捜索人数を増員し、父親の上司も、ビラ配りを手伝うようになっているらしい。
人の絆の暖かさに、ワタシは涙をこらえることが出来なかった。
きっとこれから、捜索の輪は広がって行くだろう。それが、絆なのだから。でも、特別なことでもなんでもない。他人が困っているから助けるだけ。その愛情が、相手にも伝わり、自分が困ったときに助けてもらえる。そこにやましい気持ちはない。そもそもやましい気持ちを持った人間は人を助けることなんてしないのだから。
持ちつ持たれつ、それが、絆の正体だとワタシは思う。
それは人と動物にも言えることだろう。飼い主が育て、ペットは癒しを与える。動物のために環境を守り、動物は地球を救う。
これが理想であり、本来あるべき姿なのだろう。
ワタシはノート・パソコンを閉じてシュウゾウを見た。大きなくちばしを器用に使い、毛づくろいをしている。
「あんたはワタシだけじゃなく、お父さんとお母さんも助けているのよ。ありがとう」
シュウゾウは顔を上げ、大きなあくびをした。
探偵ペンギン、走る!
~アニマル探偵団の迷走~ 了
ありがとうございました。ミステリー物がつづいたので、今度はファンタジーでも…。




