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第二章 猫叉事件 その10

     十九


 松則くんの合図があった。それを確認してワタシたちが憂の部屋から出ると、ちょうどボーンボーンとボールのはねる音が響いてきた。急いで階段へ向かう。すると、黄色いボールがバウンドしながら階段を落ちて行くところだった。

 階段を降り、途中で止まっていたボールをヒミヨが拾い、細工が施されていないかを確認する。なんでなんで~と騒いでいる夜菜。そして、優は蒼白になっていた。そんな彼女にワタシは笑顔を見せて落ちつかせる。

「猫の鳴き声を流し、優さんをおびき出し、タイミングを見計らってボールを投げた。その場所とは、あそこよ」

 ワタシが指し示した場所は、二階の物置部屋の窓。みんなが顔を上げると、窓の向こうから松則くんが手を振っていた。隣には七生さんもいる。それを見てワタシは続ける。

「物置部屋に入って、違和感を覚えたの。あなたたちもそうじゃない?」

 夜菜と栃宗を見るがふたりは首を横に振る。

 両手を広げてワタシは続けた。

「まったく、もっと観察眼を磨かなきゃ探偵失格よ。あの部屋には、埃が積もっていた。だけど、ここが大事。窓枠だけは、きれいだった。どうしてかわかる?」

「は~い」夜菜が手を上げる。「最近、誰かが入って窓枠に触れた!」

「正解よ」

 続きは部屋から出てきた松則くんが受け継いだ。

「七生さんも言っている。誰かが入った形跡がある、と。間違いありませんね?」

 話を振られて七生さんがあわてて首を縦に振る。それを確認して松則くんも頷いた。

「この部屋に片づけられている脚立が、なぜか動かされているという。それが導き出す真実は、シャンデリアの謎の答えさ。輪さんは脚立を使い、天井を張り巡っている支えへ移動する。それを伝いシャンデリアへ飛び乗る。本のトリックのように糸の先端を結び、テープで貼りつけまた戻る」

 ここで言葉を切り、松則くんがビシッとワタシを指さした。

「ツノミさん、君はサルスベリの木の謎も解いているのかな?」

「それはまだよ」

「じゃあ、ここで解明しよう。もう一度、優さんの部屋へ」

 部屋に戻り、全員がそろうのを待って松則くんが言う。

「ボクは木と窓の下に、変な跡を見つけたんだ」

 さっさと言いなさいよ、とヒミヨが()かす。

「四つの穴だよ」

 四つの穴? ワタシは考える。すぐに答えが見つかった。

「脚立ね」

「そう。輪さんは、脚立を使い枝にポインターの写真を置いた。それからそのまま脚立を屋敷の壁側に移動させ、ほうきか何か棒状の物を手にして上に登り、優さんの部屋の窓を叩いた」

 夜菜がここで楽しそうに手を叩いた。

「なるほど~、窓の外を見ると、木の枝にポインターがいるように見えたんだね。これでシャンデリア、本棚、木、階段、物置小屋の謎は解けたのよね。じゃあじゃあ、この窓の数字はなに? ずっと気になってるのよ~」

 夜菜が間の抜けた言い方をする。しかし、それはみんなが疑問に思っていたこと。視線が松則くんに集中する。

「窓の謎、をこれからみんなで考えよう」

 ダメじゃん松則少年! がっくりした。しかし、とワタシは改めて考える。確かに、この窓に浮かぶ数字だけは普通じゃない。表面に書かれたのではなく窓の内部に浮かんでいるのだ。窓自体を取り替えるしか方法はないはず――え? 答えはそれ?

 ここで、ヒミヨが突然声を上げた。

「屋敷の備品などが破損した場合、七生さんの判断で勝手に交換とかするの?」

 七生さんは肩をピクンとさせた。猫又事件の概要(がいよう)を聞かされ、少し驚いているのだろう。ずっと怯えた表情を浮かべている。

「ご主人さまに許可を取ってから、です」

「もちろんそうでしょうね。この窓、最近取り替えた?」

 七生さんが眼を見開く。

「いえ。そのようなことは――」

「憂の両親に確認を取ればいいことね。わかったわ。犯人は、あなたね、七生さん!」

 そう言ってヒミヨが左手で自分の髪をふわっと払う。

「いや、私は……お譲さま、決してそのようなことは……どうか、どうか、私を信じてください」

「根拠はある」ヒミヨがまくし立てる。「お手伝いさんが窓の様子が変なことに気づかない訳がない。何故なら、優の部屋の掃除もまた、あなたがしているから。猫又事件をあなたが知らないはずがないのよ」

 優がここで間に入る。

「うちでは、自分の部屋は自分で掃除しているの。だから七生さんが知らないのも無理ないわ」

 口を開けて間抜けな顔をするヒミヨに代わって夜菜が声を上げた。

「間違っちゃったね~ヒミヨちゃん。いひひひ。だって、犯人は輪ちゃんでも七生ちゃんでもないんだよ」

 みんなの視線が夜菜へ移動する。スカートの裾を持ち、片膝を曲げてペコリとする。かわいいと思っているのかしら。意味がわからない。

「犯人はね~。ポインターよ」

 絶句。なに言ってるのよこの子は、とあきれるが、松則くんだけは楽しそうに続きを待っているようだ。

 他人の意見を素直に聞く。それが彼の魅力のひとつだろう。ワタシはこのときそう思った。少年であり、また、頼れる青年。松則くんと兄の姿がだぶって見えた。

 ここで夜菜が松則の真似をして優を指さす。「優ちゃんが窓を変えたの? 自作自演?」

「いいえ。そんなことしないわ」

「違う? はい、私の推理通り、ポインターね。優ちゃんと七生ちゃんがしてないとなると、やっぱりポインターが猫又になって化けて出てきてるのよ」

 それを聞いてワタシは窓を見た。カーテンが開けられているので『615』という数字が浮いている。

 ポインター説は、まあ、置いとくとして、でも、『615』にはなにか意味があることは間違いない。

 優は数字に何の感慨(かんがい)も、思いつきもないという。


 感慨……①身にしみて感ずること ②言葉にすると博識だなと思われること


 かならず理由がある。考えなくては。お兄ちゃんなら今回の事件、どう思うかしら、どう、感じるかしら。そう……考えるのではなく感じるのだ。

 ワタシがもし輪だとしたら? 姉に何を訴えようとしている?

 周りを見渡す。ひょっとして、答えはすぐそこにあるのではないかしら、と憂の部屋の隅々まで眼を光らせる。ふと、本棚に視線が吸い寄せられた。思い出した。シュウゾウが翼をはためかせて本を落とした。何故、あんなことをしたのかしら。じっと、本棚を見つめる。そこである本が眼に飛び込んできた。

 ワタシは歩を進め、ある一冊の本を手にした。

『幸せを呼ぶ名前』という雑誌。薄い本だ。

 何か気になる。何故、この本を手にしたのかしら。

 名前? 幸せを呼ぶ?

 名前……で、思い出した。お母さんが言っていた。

 縁起のいい画数と。画数? 615は六、一、五にも六一、五にも六、一五にもなる。それが意味する画数とは? ワタシは考える。この家に関すること。

 見つけた。

 安 憂。安が六で優が十五。

 安 輪……安が六で輪が十五。

 すなわち、彼女たちの名前の画数なのだ。そのことに気づいてワタシは自分の意見を言葉にする。すると他のメンバーが血相を変える。

「ちょっと待ってツノミさん」と松則くんがワタシの思考を停止させる。

「画数、それだ。この屋敷の地下はゼロとして、一階が化粧室、ダイニング・ルーム、キッチン、物置部屋、多目的ルームと化粧室、の六部屋。二階が憂さん輪さんご両親の部屋と各バス・ルーム、空き室が三部屋にバス・ルームがひとつ。それから書斎と化粧室、遊戯室と化粧室、物置部屋の計十五部屋。つまり、窓に浮かんだ数字は、この屋敷、もしくは住人、いや、すべてを指しているんだ。優さん!」

「はい!」

「両親の名前は? つまり芸名じゃなく、本名だ」

正造(しょうぞう)で、母親は本名の依里(いり)よ」

「どちらも六、一五だ!」

 事件が狂気じみてきた。いったい何が起こるのか。お兄ちゃん、助けて! と困惑したときに、ふと、シュウゾウの姿を探した。

 居ない。

 シュウゾウの姿がない。ドアが開いている。血の気が引いて行く。何所へ行ってしまったの。

 ワタシの心配をよそに夜菜が大声を上げた。

「ねえねえ、十二時、過ぎたよ~」

 その言葉で全員が時刻を確認した。すると、真実だった。午前零時、十分を過ぎている。

「はん! こんなに心配させといて、けっきょく何でもなかったって落ちなの。冗談じゃないわよ」

「そんなこと言わないでくれよ、ヒミヨさん。何もないってことは、良いことなんだから」

「みんな――」

「うえええん、猫又に会えると思っていたのに~」

「はん。だから言ったじゃない、猫又なんて子供用の作り話よ」

「文字が――」

「ばかばか~、ヒミヨちゃんなんか嫌いよ~」

 大騒ぎの中、ワタシは栃宗の言葉を聞き洩らさなかった。だから彼の次に異変に気づくことが出来た。

「みんな黙って! 窓の数字が、消えている」

 あり得ないことだった。みんなのいるこの部屋で、窓に書かれていた数字を消す。そんなことは不可能。

「輪ちゃんは今どこにいるの?」

 ワタシが叫ぶと優がうろたえたまま答えた。

「ま、まだ、自分の部屋にいると思うけど……」

 気配もなかった。輪の存在の欠片(かけら)すら感じられなかった。おそらく憂の言葉は真実。

「いつの間に数字を消したの。誰か見た人はいる?」

「ちょっと待ってツノミさん。みんながいるこの場で、知られずに窓を替えるのは不可能だ。もし仮に、何かしらのトリックを使ったとしても、少しの揺れもないなんて信じられない。気圧の変化、風の動き、それすらもなかった。数字を消す、というのも無理だ。だって、ここにいる誰もが、輪さんの姿を目撃していない」

 じゃあ、どうやったのよ! と叫ぼうとしたとき何かが引っかかった。

 松則くんは今、重大な言葉を発した。でもそれが何なのかわからない。上手く働いてくれない脳に怒りを覚える。おそらくヒントは出そろっているのだろう。お兄ちゃんなら、それらをつなぎ合わせて答えを導きだせるかもしれない。でも、ワタシじゃ無理。推理力、洞察力、観察力、それから勇気、すべて兄が受け継いだ。だから、凡人であるワタシがいくら頑張っても世界を動かす、未来を変える、そんな大それたことを出来るはずもない。



 敗北感に包まれたまま、調査の続きは明日にしよう、ということで各部屋についた。男子と女子にわかれてのふた部屋。夜菜の寝息が聞こえてきたとき、ヒミヨが言葉を発した。

「眠れないの?」

 首を曲げると彼女は腕を枕にして天井を眺めていた。

「ええ、くやしくてね」

「ツノミは考えすぎなのよ」

「そんなことない」ワタシは反論する。「事件は、起こってからでは遅いの。事前に察知して、それをとめないといけない」

「その考えを押しつけられるのは迷惑よ」

 ワタシは腰をあげた。

「別に押しつけているつもりはない。これはワタシだけの持論なんだから」

「はん。あんたの身体からにじみ出ているのよ」そう言い残し、彼女は背を向けた。

 なにこの女、ムカツク、ムカツク。怒りの中、いつの間にかワタシも眠りについていた。



 目覚めると、もう間もなく午前六時になるころだった。ふたりは死んだように寝ていたので、ワタシは音を殺して窓の前へ移動した。

 緑が生い茂る庭を見下ろす。兄の姿が、ぼう、と浮かんできた。まだ幼い。小学生くらいだ。元気に駆け回り、とても楽しそうだった。

 活発でいて、知的な愁児。ワタシはずっと、嫉妬と憧れの眼で兄を見ていた。しかしもう、追いかけることは出来ない。

 努力すれば、勉強すれば、研究すれば、兄のようになれると思っていた。だけど、身の程を知った。越えられない壁の高さを目の当たりにした。

 ワタシはバカだ。

 背伸びをしていたただの子どもだ。正しいことを言っているつもりになっている他人を、冷やかに見下していた子どもだ。

 ワタシはバカだ。

 やっとわかった。でも、あきらめる訳にはいかない。悩んで悩んで悩みぬいて、それからきっと開花してみせる。そういう決意を持っているのが、今のワタシ。それでいい。今は、これで我慢しよう。だけどワタシはあきらめない。一歩一歩進んで行く。そうやって、いつかは、兄の地位に昇りつめる。揺らぐことのない信念を持って………………揺らぐ? 

『少しの揺れもない』

 松則くんの言葉を思い出す。

 これだ!

「ヒミヨ、夜菜、起きて! 時間がない」

 けだるそうにふたりが眼をあける。

「夜菜、紙とペンを貸してくれる」

 彼女は言われるままに、寝ぼける頭をフル活動させてバッグから指定した物を取り出した。それらを受け取り、ワタシはすぐにある文字を書いた。


『地震』

 地――六画。震――十五画。

 それだけじゃない。もうひとつ発見したのだ。

 ワタシは叫ぶ。

「すぐにここから逃げましょう!」

 シュウゾウも起きて!

 そこで、シュウゾウの姿がないことに気づいた。


     二十


 正面のドアをくぐったとき、暗闇の中、あなたの脳裏にはある映像が鮮明に流れ出した。

 破壊。倒壊。破滅。悲鳴。絶叫。血しぶき。

 映像は止まらない。

 煙。埃。闇。死。死。死。死。死。死。死。死。死。

 それと同時に何をしなければならないのかを、あなたは悟った。

 光の導きに従わなければ。

 決して知ることのなかった役目。生まれてきた意味。

 これから取る行動を、あなたは正しいことだと、信じた。そして家族に幸せを!


つづく

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