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第二章 猫叉事件 その9

     十七


 ワタシと憂、夜菜とヒミヨが椅子につき、栃宗とシュウゾウは書棚のところに立ち、松則くんが例の窓の前へ移動してから、事件の謎の解説が始まった。

 同じ捜査時間で、松則くんはどうやって真相にたどり着いたのか。ワタシは先を越されたくやしさよりも、好奇心のほうが強かった。同じ条件で、どうやってアンテナに引っかかるヒントを見逃さなかったのだろうか。

「お化けネコ事件は、大きな謎と小さな謎にわかれているね。それはなんでしょう?」

 いきなり質問ですか? 茫然としているとヒミヨが手を上げた。

 松則くんが、どうぞ、と目くばせすると、「なぞなぞをしている暇はないのよ。遊びじゃないんだからさっさと進めなさい」

 説教されて萎縮(いしゅく)する松則くん。彼女が正しいと思うので助けてあげない。

「え~ごめんなさい。ヒミヨさんの言う通りです」と頭を下げる。

 ここで夜菜が得意の泣く寸前の顔をしながら発言した。

「まどろっこしいのは嫌いだから、真相だけを教えて~」

「いや、夜菜さん、それはまずい。ひとつひとつ説明していくとこによって、おかしな点が浮かんでくるんだ」と松則くんが手を振る。

 うえええんと泣き出す夜菜を無視してワタシは松則くんに先を(うなが)した。

「じゃあ、始めて」

「そうしようか、ツノミさん。窓の謎は最後でなければならない。まず最初に、本棚を見てもらいたい」

 いっせいに視線が移動する。夜菜も泣きやむ。みんなの視線の先に栃宗がいる。動こうとしないのでヒミヨが叫ぶ。

「邪魔よ」

 栃宗がのそのそと場所を変えたとき松則くんが移動し、視界に入ってきた。

「それでは本が落ちてくる謎について説明しよう。その前に憂さん」

 話を振られて驚く憂。

「落ちてきた本というのはどの段にあったんだい? よく思い出して、説明してほしい」

 コクンと小さく頷き、

「げ、下段以外から」

「一番下の段からは落ちないんだね」

「ええ。そうよ」

 ここで松則くんが大きく頷いた。

「不思議なのは落ちるということだけじゃない。そうですよね、憂さん?」

 うん、と小さく答える。

 いったい何があるの? と不思議に思って見守っていると、松則くんは次に、ドアの元へ移動した。

「本は落ちるだけではなく、なんと、移動もしていたんだ。間違いないね、優さん」

 眼を見張る憂。それは肯定を意味する。

 そんなことは初耳よ、とワタシは固唾を飲んだ。

「本は落ちて、しかもドアにぶつかることがあった。それを踏まえた上で、これを見てほしい」と指し示した場所は扉の下の部分だった。

「なんでわかったの?」と我慢できなくて質問すると、松則くんはにこやかに答えた。

「それをこれから説明するんだ」

 仕方ないのでドアまで移動した。後ろから他のみんながぞろぞろとついて来る。

「本が落ちる怪現象の答えがここにある。ツノミさん、何が見えるかな?」

 言われるまま腰を落とし、耳を床にこすりつけるようにして覗き見る。

「何もないわよ――いえ、ちょっと待って、なんだろう、細い、へこみ?」

 顔を上げていいよ、と言われたので従う。

「それが、真相なんだよ」

 答え? へこみは十か所以上あった。それが意味するところ。はい、まったくわかりません。だから松則くんの言葉を待つ。ヒミヨたちも黙っている。

「じゃあ、今から実演してみるね」

 松則くんはそう言ってズボンのポケットから釣り糸のようなものを取り出した。そのまま糸の先を大きく結んで団子状にする。

「栃宗くん、机のセロハンテープを取ってくれるかな」

 言われるままに栃宗が移動し、それから戻って松則くんに手渡した。

「憂さん」と彼女へ視線を移す松則くん。

「えん!」と意味不明な言葉を返す憂だったけど、誰もつっこまない。松則くんが続ける。

「普段、部屋のドアにカギをかけるということは?」

「いえ、あの、いつも開けてます」

「自分の家でカギをかけるほうが稀少でしょ!」

 吠えるヒミヨに松則くんは笑顔を返して、

「すなわち、誰でも優さんの部屋に入れるということだね。さて、みんな、ボクがドアをノックするまで窓のほうを向いていてくれないかな」

 ええ~面倒くさ~い、なんであなたに従わなくちゃならないのよ、と立て続けにブーイング。まあまあ、とワタシは彼女たちをなだめながら身体を窓に向けさせる。すると、背後でガサゴソ。

 絶対に振り向かないでね、と言われるとよけいに見たくなる。だけど我慢(がまん)


 我慢……①自分をえらく思い、他を軽んずること。高慢。②我意を張り他に従わないこと。強情。③耐え忍ぶこと。忍耐。④入れ墨のこと。⑤③しか知れ渡っていないこと。


 すぐにノックの音が響いた。振り返った瞬間、二冊の本が、書棚から飛び出し、床に落ち、そのままドアまで移動して行った。

 茫然と立ちつくしていると、扉が開いて松則くんが顔を出した。

「これが、答え」

 その瞬間、真相に気づいた。松則くんはヒントをワタシたちに見せていた。糸とテープ。それから考えられることはひとつしかない。それと同時に七生さんの言葉も蘇る。

 他にもある。二階の用具入れ。ほこり。輪のとっていた行動。

 導き出される答えはひとつ。


「産まれた!」


 ヒミヨ、夜菜、松則くん、栃宗、優さんの視線を感じる。息をのんでいるのも感じる。

 ワタシの天才的頭脳にみんな驚いているのね!


「真相が、誕生した」

 そう言った瞬間、部屋の空気がゆるむのを感じた。

 最初に言葉を発したのは夜菜だった。

「バカバカ、驚かさないでよ~」

「産まれたって……それ、口にしちゃダメよ」と続いてヒミヨ。

「ツノミさん、君の推理を聞かせてもらえないかな」と松則くんは落ちついていた。ありがとう。

 ワタシはまず、落ちている本を手にした。

「簡単なトリックだったわ。本の下の部分に糸をテープで貼りつける。ここで大事なのは糸の先端を結ぶこと。そうすることによってひっかかりが出来て滑らなくなり、糸だけが取れるということはなくなる。今回のトリックは、ドアの下に糸を通して引く、すると、先ほど松則くんが見せた現象が起こる」

 松則くんが、ぱち、ぱち、ぱち、と偉そうにゆっくり手を叩いた。

「ツノミさんの言う通りだ。その証拠がドアの底の部分についた跡だよ。疑うなら釣り糸とへこみを合わせてみるといい。ぴったり一致するから」

 誰も動かない。この推理に疑問を持っている者はいない。そこで、松則くんがビシッとワタシを指さす。

「ツノミさん、真相が産まれたと言ったね。それはつまり、すべての謎が解けた、と捉えて間違いないかな?」

 みんなの視線を一身に受けて、ワタシは首を縦に振り、そのあとすぐ横に振った。

「意味わかんな~い」

 ぼやく夜菜。あわててワタシは説明した。

「七生さんはものすごく不器用だと言った」

 そうなの? といいたげにヒミヨと夜菜が優を見る。すると彼女はおずおずと頷いた。

「本棚、シャンデリア、物置小屋、この三か所の怪現象については、釣り糸ですべて説明がつく」

 ここで松則くんが挙手(きょしゅ)する。

「物置小屋でボクはこれを見つけたんだ」ポケットから取り出したのは、画鋲(がびょう)だった。「窓の下のほうに、小さな穴が開いていた。それから導き出されるのは、こうだ。結んだ釣り糸を画鋲でとめ、勢いよく引くと窓が開く。そうやって、ポルターガイスト現象を作り出した。そしてこの方法の利点は画鋲も抜けて証拠も消える、ということ。本棚のパターンと同じだね。本はドアにぶつかり、隙間からは通り抜けられないから糸だけが抜ける。窓に開いていた穴は計四つ。画鋲をふたつ刺し両手で引っ張ったようだね。だけどこのひとつだけは、回収しきれなかった。ひとつくらいは外に落ちているんじゃないかと推測していたら、見事、ビンゴだった」

 夜菜が不満の声を上げる。

「ねえねえ、回収とか釣り糸とかセロハンテープとか言ってるけど、なんだか人為的な現象みたいだよ~。犯人は猫又でしょ」

 ワタシは、いいえ、と否定して、

「猫又事件の真犯人は、輪ちゃんよ」と宣言して優に視線を移す。

 空気が張り詰める。

「輪ちゃんが裁縫をしているのをワタシは見た。七生さんには無理。すると、必然的に犯人象が見えてくる」

「そんな……どうして……」

 言葉をにごす憂を放置してワタシは続けた。

「まずは、怪現象の種明かし。階段からボールが落ちるという謎を、今から解くわ」

 憂の部屋を出ようとしたとき、

「それならもう手配しているよ」

 松則くんがにやりとして見せた。


     十八


 深い深い眠りの中、あなたの身に強烈な光が降りそそいだ。

 眼を覚ますと、あなたは欝蒼(うっそう)と生い茂る木々に囲まれていた。物音ひとつない。静寂。周りは暗い。夜だ。しかし、あなたの頭上だけがキラキラと耀いている。熱くはない。むしろ心地いい。いつまでも優しい光に浸っていたかった。その光から、ぬくもりを感じたからだ。しかし、その平安は数分も続かなかった。

 降り注ぐ光がひとつではないことを知った。

 背後にもあった。そして、その光の中に浮かぶ姿。

 黄色く光る眼光。頭部を覆う金色の毛。大きく盛り上がった四肢。あなたの腕ほどもある爪。周りの木々に劣らない牙。最大のモンスターの咆哮は大地を揺らした。

 家族を守る、自分の身を守る、そんな強い決意を持ってしても、どうにもならないと脳髄が警告を発している。精神もまた、モンスターに見据えられただけで引き裂かれてしまいそうだった。

 何もかもを捨てて、逃げなければならない。全身が、そう命令している。だけどあなたは動かなかった。動けない訳ではない。動かない、のだ。

 未来には絶望、破滅、死、しか見えない。それでもあなたは真っすぐモンスターの眼を見据えた。

 モンスターも、四肢を固定したまま動かない。

 どれくらいにらみ合いが続いただろうか。天から降り注ぐ光量は変わらず、時間も凍りついている。

 痺れを切らして先に動いたのは、モンスターのほうだった。

 それを見てあなたは死を覚悟した。逃げるつもりはない。そして、勝てる見込みもない。ただ、心の敗北だけは避けよう、と考えていた。

 モンスターが前足を上げ、それを、大地に叩きつけた。

 巻きあがる噴煙。視界を遮られる。

 煙の動きの変化を見逃すまいと、あなたは眼をこらす。

 そして何も起こらず、煙が晴れた。不思議なことに、そこにモンスターの姿はなかった。

 諦めた? そう安堵したとき、いっさいの光が消えた。

 おぼろげに、上空で動く物があるのを感じた。振り仰ぐ。闇の中に、天を覆う布。風に揺れている。その布に身を包むのは、ひとりの女性。

 おかあさん?

 あなたはそうつぶやいていた。だが、瞬時にそうではないと気づく。美しい顔立ちの女性の肌の色は緑、肩甲骨から広がる大きな翼。おかあさんではない。別のモンスターが現れたのだ。

 女性モンスターは瞬く間に降下し、あなたを抱きあげた。

 暴れることも、攻撃することも出来なかった。抱かれた瞬間、あなたの中に芽生えたのは、慈愛。気づくとあなたは涙を流していた。止めることが出来ない。次から次へとあふれてくる熱い涙。

 モンスターが移動を開始した。木々の隙間を抜け、たどり着いた場所は、見なれた屋敷だった。モンスターはあなたを扉の前にそっと下ろした。

 何が起こっているのかわからない。ひとつ言えることは、このモンスターとずっといっしょに居たい、ただそれだけだった。

 そのときモンスターがにこりと笑い、こう言った。

「涙を流したことにたいへん驚いています。あなたは特別な存在。こうなるまで、よく頑張りましたね。私はずっとあなたの行動を見守っていました。取ってきた行動はどれも、誇らしい行為です。自信を持ってください。だけどまだ早い。最後にもうひとつやることが残っています」

 それは? と訊ねると、

「もう、知っているはずです」

 突然、まばゆい光が降り注ぎ、あなたはたまらず眼を閉じた。瞼の裏から光が薄らいだことを知り、そっと眼を開けると、そこにはもう、モンスターの姿はなかった。


つづく

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