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第二章 猫叉事件 その8

     十五


 ダイニング・ルームに移動し、七生さんが持ってきてくれたお茶をすすりながらワタシは彼女に質問した。

「お仕事はどういったものでしょうか?」

「普通のお手伝いさんのお仕事ですよ。お嬢さま方の身の回りのお世話と屋敷の清掃でございます」

「こんなに広いからお掃除とか大変そうですね」

「そうでもありません。場所は順番でまわって行きますので、ゆっくりですよ。屋敷を一周するのにひと月くらいでしょうか」

 それってとてつもなく大変でしょ、と思ったけど口にはしなかった。

「ところで、憂さんの悩みを知っていますか?」

「いえ、知りません。近頃ふさぎこんでおりますのでお尋ねになったことがあるのですが、口を閉ざしたままなのです。やっぱり何かあったのでしょうか」

「まあ、たいしたことじゃないのでご心配なく。もうひとついいですか、七生さんから見て、ポインターとはどういう猫でした?」

 ここで彼女は眉をひそめた。

「ポインターが関係していることなんですか?」

 ワタシは情報を得るため、憂には悪いと思いながら、簡単に事情を説明した。七生さんの顔色がみるみる変化していくのがわかった。

「そんなことが……でも、私の周りには、そういう現象は起こっておりません」

「もしかしたら気づいていないだけかもしれませんよ」

「その可能性もありますね……」

 そう言って彼女は顔を伏せてしまった。ワタシはあわてて弁解(べんかい)する。


 弁解……①いい訳をすること ②いい開き ③ほとんど見抜かれていること


「あなたが鈍感とかポインターに嫌われているとか家族の一員じゃないと思われているとかじゃないんです。ワタシも鈍いしドジだしたまにパニックを起こしますし。だからそんなに思い悩まないでください」

「はあ……まあ、いいんですけどね。それよりもポインターでしたね。ええ、わんぱくで元気な猫でした。輪さまが特にかわいがっておりまして、それはまるで実の弟が出来たような感覚だったのではないでしょうか。ご主人さまたちはあのように多忙でして、さみしかったと思います。ああ、私は安家(やすけ)には感謝の念しかありません。お裁縫(さいほう)も満足に出来ず、料理も下手。そんな私を採用してくださったのです。だから輪さまの哀しみは自分の事のように思っています」

 そう言って彼女の眼に涙が浮かんできた。

「ご夕飯はとても美味しかったですよ。だからそんなに悲観しないでください」

「いえいえ、料理人がおりますので……」

 あそうですか。やっぱり居たのね。あいさつにも来ないなんてワタシを見下しているのかしら、と憤慨するけど身のほどをわきまえて冷静になる。話を続ける。

「料理人さんは、なにか怪現象のことについて言及していましたか?」

「いいえ。彼は夕食だけにお呼ばれされますので。自分のお店を持っていますから」

 ワタシはうんうん頷いてから話を進めた。

「ポインターは本当にただの老衰でお浄土(じょうど)に? ネコの死に関して、何か不審なところはなかったのですか」

「ええ」と即答。


 浄土……①極楽浄土と使われる。阿弥陀仏の居所である浄土 ②日常会話で使うと大丈夫かこいつ、と思われる可能性があること


「ここ最近、屋敷の中で変わったことは? 霊的なものとかじゃなくて、物理的なことでいいんです」

 しばらく考え込み、それから七生さんはこう言った。

「そういえば、二階の清掃用具をしまってある部屋に、誰かが入った形跡がありました。ご主人さまは外出しておりますし、お嬢様方がそんなところに用があるとも思えませんし、ちょっと不思議だな、と思ったしだいです、はい」

「何故、そう思ったのですか?」

「脚立が、移動していたのです」

 ヒントが見つかった。


 ダイニングを出て二階へ。階段をのぼりながらワタシは考える。

 今回のお化け猫騒動は、何かがおかしい。人為的なことなのか、それとも超常現象的なことなのか。それすらも判然(はんぜん)としない。双頭の牛事件は簡単に解決して見せた。(ウソ)しかし今回は、真相に近づいたと思ったら何故かまた遠くなる。だけど、間違いなく、一歩一歩、真相との距離は縮んでいると思う。(願い)輪と七生さんに話を聞き、多くの発見があった。あと少し、真相を解明するにはあと少しなのだ。

 それは、窓の数字。

 615の謎が解けなければ、今回の事件は迷宮入りする。

 一階の大時計を見ると午後十一時になっていた。急ごう。

 二階へ到着すると憂の部屋の前に松則くんが立っていた。彼と眼が合う。

「やあ、待っていたよ。これから、お化け猫事件の解決編を行う」


     十六


 屋敷へ戻ったときには日差しが真横から照りつけていた。

 疲労(ひろう)困憊(こんぱい)という言葉があなたの全身を覆っている。眼の焦点も定まらず、何所をどう歩いているのかもわからない。気づいたら二階にいた。すると、正面のドアが開いていることに気づいた。あそこは、憂の部屋だ。帰っているのか。そうだ、なぐさめてもらおう。ぬくもりを、もらおう。そう思い、あなたは歩を進めた。ところが部屋へ入ると大きく落胆した。

 無人。

 あなたは今、どうしても、優しさが欲しかった。

 しかし、戦士に休息はない。突然大地が揺れたかと思うと、頭上から第四のモンスターが襲ってきたのだ。翼を大きく広げ、大きな音を立て、あなたへ向かって垂直降下してきたのだ。

 身をひるがえすことも、飛びのくことも、もはや出来なかった。

 ただ、この身に降りかかる災厄を見守ることしか出来なかった。

 せめて、重傷だけはまぬがれたい。

 しかし、モンスターに容赦(ようしゃ)はなかった。情けもなかった。一体、二体、三体……次々とあなたの上に急降下してきたのだ。ばたばた、ばたばた、翼をはためかせて。

 そのうちの一体が顎の傷をえぐる。ああ、ああ、家族に幸せを!


つづく

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