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第二章 猫叉事件 その6

     十一


 松則くんとヒミヨ。栃宗と夜菜。ワタシとシュウゾウと憂の三つのチームにわかれた。チーム制を取ることによってますます対決の様相を(てい)してきた。憂のためにも、自分のためにも、負けてなるものか、と意欲がわいてくる。

 松則チームと栃宗チームがダイニングから消えた後、ワタシは憂に訊ねた。

「615の数字について、なにか思いついたことはある?」

「ごめんなさい。昨晩もいろいろ考えたんだけど、さっぱり」

 そう言って眉を下げる。

「いいのよ。さて、みんなもそうしているだろうけれど、ポインターが現れる場所をまわりたいの」

「ええ、それは問題ないわ」

「それともうひとつ」とワタシは人差し指を上げた。

「もうひとつ?」

「妹の、輪ちゃんにも話を聞きたいの」


 ひと通り屋敷の間取りを聞いた。地下室があり、一階にはダイニングとキッチン、二階は遊戯(ゆうぎ)室と書斎がひと部屋ずつあり、それから各住人の寝室と客室。二階にはなんと部屋が十室もある。無駄遣いとはこのこと。(ねたみ)関係のない部屋をいちいち調べている時間はないのでダイニング・ルームを出る。眼の前に噴水が広がる。だけど他のチームはすでに居なかった。水を見てシュウゾウが駆け出したけど、ワタシはこれも予期(よき)していたのでヒョイと持ち上げた。


 予期……①前もって推測、期待、覚悟すること ②仕事で見せることが出来れば高評価間違いなし


 シャンデリアを見上げながらワタシは言った。

「あれにどういう現象が起こるのか、くわしく訊かせてくれる?」

「ええ」優は口に指を当てながら答えた。「ある夜、十時くらいだったかしら。部屋にいるとき、ポインターの鳴き声が聞こえたような気がしたの。部屋を出ると、風もないのに、シャンデリアがゆっくりと揺れていたわ」

「まわりに家族は?」

「みんな各自の部屋に入っていて、回廊に出ている者はなかったわ」

 じっくりと観察するけど、変わったところはない。いたって普通の豪華なシャンデリア。もしも窓が開いていたとしても、ちょっとした風では動きそうにない。

「大きな脚立ってある? ちょっと昇ってくわしく調べたいんだけど」

 しかしそれに優は首を横に振った。

「残念ながら、あそこまで届くのはないわ。二階の清掃用具置き場には短いのがあるんだけど、あれじゃあ無理ね。だからシャンデリアのお掃除はいつも業者さんを呼んでいるの」

 吹き抜けになっていて恐ろしく高い位置からぶら下がっているので当たり前か、とワタシは思った。

「何度、目撃したの?」「二回ほどかしら」「害はないのよね」「ええ」

 ここでワタシは考える。怪現象を起こす理由はなんだろう。しかし起こっている以上、かならず、理由があるはずだ。ますます、妹の輪にも話を聞かなきゃ、と思った。

 ワタシたちは次に屋敷の外へ出た。外灯にカチカチと昆虫がぶつかっている。それ以外は静寂に包まれていた。

 憂の案内で裏庭へ。プールと納屋とサルスベリの木がある。シュウゾウは抱っこしているのでプールに飛び込まれる心配はない。翼をバタバタさせているけど無視。遊ぶのはちょっと待ってね、と謝ってから質問を開始する。

「このサルスベリの枝に、ポインターが座っていたのよね?」

 二メートルほど上に大きな枝がある、上を見上げながらワタシは言った。しばらく観察したあと、屋敷に視線を移動させた。ちょうど真上に彼女の部屋の窓が見える。死んだ猫の姿を目撃したときの気持ちはどんなだっただろう。恐ろしいのか、懐かしいのか、嬉しいのか、わからない。ワタシならただ怖いだけだ。

「部屋でくつろいでいるとき、コンコンと窓をたたく音がしたの。おそるおそる覗いてみると、枝の上にポインターが座っていたわ」

「ずっと?」

「いいえ。驚いた私はすぐにカーテンを閉めた。だけど、見間違いよ、疲れているのね、と平静さを取り戻し、再びカーテンを開けたらもう居なかった」

 その説明を聞きながらワタシはサルスベリの木に登った。全長は五メートルくらいだろうか、でもポインター出現の枝はすぐ上にあるので、ちょっとジャンプすればつかまって登ることができた。

「ここ?」と聞くと、「そうよ」と答えた。

 爪の跡など何もない。奇麗なツルツル。痕跡は残っていない。木から下りて納屋を見る。行きましょうと言って移動する。カギはかかっていない。扉を開けると栃宗チームが中で捜索していた。

「何か見つかった?」

「教える訳ないでしょ。いひひひひ。みんなの推理力テストなのよ。今回の事件で探偵団のリーダーが決まるんだから」

 ああそうですか。彼女は無視することにして、こっちはこっちで、勝手に調べさせてもらう。

「ここではどんなことがあったんだっけ?」と憂に訊ねる。

「中に入っているとき、ポインターの鳴き声が聞こえ、それから誰も居ないのに、窓が開いたの」

 屋敷全体が大きいので小さく見えたけれど、意外と広い納屋だった。ワタシの部屋くらいある。東の壁側に木の棚があり、そこには鎌やのこぎり、()(ばさみ)などが並べられていて、北側には芝刈り機やら電気のこぎりなど大きな物が置かれている。そして西側に例の窓がひとつ。埃っぽくないので定期的に清掃はしていると思う。

「どこから音がしたの?」

 栃宗と夜菜も聞き耳を立てている。ちょっと面白くなかったけどそんなことにかまっている場合ではない。

「外からのような気がする」

 窓のそばへ移動する。ドアが閉まっていることを確認してシュウゾウを下ろす。

 壁を切り抜いて作った窓で、下のほうを押すと斜めにスライドするタイプだった。開けてみる。庭が広がるばかりで緑以外なにもない。

「普通の窓ね……怪現象はその一回だけ?」

「二度ほど。ただ、二回目はガタガタと音が響いただけ」

 窓枠にもガラスにも周辺にも、傷跡など見受けられない。あきらめたワタシが開けていた窓を閉めようとすると、突然、松則くんが姿を現した。地面を見つめながら何かを探しているようだった。

「虫が多いわ、松則。早く屋敷に戻りましょう」とヒミヨの声だけが響いてくる。

「何してるの?」

 ワタシが声をかけるとビクッと松則くんが飛び跳ねた。その姿がシュウゾウに似ていたので思わず笑ってしまった。

「驚かさないでくれよ」「ごめんね。で、何を探しているの?」「それはね」と松則くんが笑顔を浮かべた。

「証拠だよ」

 証拠。なんの? と叫んだけどそれ以上は答えてくれなかった。再び地面に顔を近づける。まあいいわ、と思って窓を閉めてから振り返った。

「さあ、憂さん。今度は屋敷の中を調べましょう」

 ここで夜菜が腕を組んで言葉を発した。

「私たちはもう少しここを調べるわ。特別なにおいを感じるもの。あなたたち愚民はとんちんかんな場所を探せばいいわ。ね? 栃宗ちゃん」

「夜菜が――」

 あそうですか、とワタシはドアへ向かう。さあ行きましょう、と言ったところでシュウゾウが窓の下から動かないことに気づく。

「そう言うなら――」

「どうしたのシュウゾウ、もう行くわよ」と声をかけたとき、異変に気づき、ワタシは思わずひいいいと情けない悲鳴を上げた。

「――そうかも」

 窓の外に怪物がいたのだ! と思ったら松則くんだった。彼は窓に顔をつけて、ぺちゃんこの変な顔で何かをぶつぶつ言っている。

 夜菜はワタシを変なものでも見るような表情でじっと見つめている。

 栃宗が何かを言っていたような気がするけどそれどころではない。恥ずかしくなったので急いでシュウゾウを抱き上げ、行きましょう、と憂に言って納屋を後にした。

 屋敷に戻り大階段へ。四人が並んで歩けるくらい幅が広く、赤い絨毯が敷かれている。段差は壁にそって伸びていて、半分くらいから九十度折れ曲がっている。そのため、傾斜は急ではない。曲がり角についたとき、ワタシは立ち止まって憂に訊ねた。

「ボールが落ちる現象は何回くらいあったの?」

「三度ほどよ」

「ボールは何所に保管しているの?」

「あそこにある」優は階段の上にある窓を指さした。「物置部屋よ」

 位置的には憂の寝室の手前だ。

「ボールが転がった事件のあと、それを拾って物置部屋に戻し、後日、また転がる。そういうこと?」

 ええ、と顔を伏せる憂。

 それから二階へ移動し、物置小屋の前へ。ドアを開ける。

「いつも施錠はされていないの?」

「ええ。かける必要がないから」

 ほこりっぽい部屋だった。窓は二カ所。正面と左手にある。後者は階段から見上げた窓だ。外の納屋のように大型の清掃用具はない。シュウゾウを下ろすとテコテコと階段側の窓の下へ移動して行った。ワタシはほうきやモップ、電気器具などを見てまわった。いろいろ触れたので指にたっぷりとほこりがついた。特に目ぼしいものは見当たらない。細工を施してあるようなこともない。普通の物置部屋。

 ちまん、とシュウゾウが鳴いたので、窓のところへ移動する。そのときちょうど夜菜たちが階段を上がってくるのが見えた。奇麗な窓は横へのスライド式だった。開けて声をかける。

「何か見つけた?」

 夜菜がこちらを見上げて、眼を腫らした顔を向けた。

「ツノミちゃん、さっきも言ったでしょ。情報は共有(きょうゆう)しないんだから」

 何も発見できなかったようだ。

「次は何所へ行くの?」

「栃宗ちゃんの提案で、憂ちゃんの部屋へ行くのよ」

 何か考えがあるのかしら、面白い。ということで、栃宗チームといっしょに憂の部屋へ行くことにした。


     十二


 勝利の余韻(よいん)に浸っている時間はなかった。二匹目のモンスターが現れたのだ。もちろんあなたは迎撃の態勢を取った。この家を侵害する者を決して許す訳にはいかない。

 緑色の瞳。ふさふさの白い毛。柔らかい身のこなし。鋭い牙と爪。

 あなたは緊張した。あきらかに、一匹目よりも強い、と悟ったからだ。

 ピンと伸びた大きな耳が、あなたを捉えている。恐怖に脈動する心臓の音すら、見透かされてしまいそうだった。

 隙をうかがうようにあなたは右へ左へと移動する。するとどうだ、白いモンスターも同じ行動を取ったのだ。

 にらみ合いが続く。

 モンスターは慎重なのか、それともあなたを恐れているのか、まったく動こうとしない。しびれを切らしたのはあなたのほうだった。それも仕方がない。戦闘経験はまだ二戦目なのだ。

 モンスターめがけて飛びかかった。それを待っていたかのようにモンスターも駆け出す。鋭い牙が迫る。

 次の瞬間、頭蓋(ずがい)を揺るがす衝撃に襲われた。攻撃が見えなかった。何が起こったのかもわからない。特殊能力の前に、あなたは生涯二度目の失神を味わった。しかし意識が薄れる瞬間、あなたは見た。

 モンスターもまた、倒れ伏しているのを。

 知らずのうちにあなたも攻撃を繰り出し、モンスターにもダメージを与えていたようだ。今度の失神はだから、敗北感はなかった。そして家族に幸せを!


つづく

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