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第二章 猫叉事件 その2

     三


 憂は何も答えず、おもむろに腰を上げて、眼の前で閉じられているピンク色のカーテンを勢いよく引いた。淡い光が差し込み、ワタシは思わず眼を細めた。

「数字?」

 ヒミヨのつぶやきの通り、窓に文字が浮かんでいた。鎧戸(よろいど)つきの大きな窓に、三つの数字が横に並んでいる。

 左のガラスの中央に数字の6。右側のガラスには数字の1と5が横に並んで書かれている。ロク、イチ、ゴか6+15か六百十五かはわからない。

「この数字を、お化けネコが残していったの」と憂鬱そうに話す憂に対し、松則くんが彼女の隣に移動し、動揺した様子もなく冷静に質問した。

「なにか思い当たることってある? たとえば六月十五日が、誰かの誕生日だとか」

 ビグンと憂は跳びはねて、「あの、えっと、ンク」と意味不明に答える。

 すかさずワタシは間に押し入り、何かしたかなボクと困っている様子の松則くんとバトンタッチ。

「彼はこの数字を六月十五日と解釈したけど、そうじゃなくて、六百十五かもしれない。もしもガラスが三つなら、六、一、五とわかれていたのかもしれない。とにかく、六と一と五の数字に関連するなにかよ。よく考えてみて、憂さん」

 平静を取り戻した憂は、腕組みをしたまま窓をじっと見つめた。ワタシはその返事を静かに待った。

「ねえねえもしかしたら」と、シュウゾウを抱っこした夜菜が躍り出てきて、え~い、と窓を開け、そしてまた閉じた。しかし左右が逆だった。

「こうじゃない? 一、五、六の百五十六」

「面白い発想だ。夜菜さんらしい独創的な意見だね。思考は柔軟でなくてはならない」

 えへへへ~松則ちゃんもっと言って~と喜ぶ夜菜。つられてシュウゾウも短い尾をパタパタ。

 ふたりの意味不明なやりとりはほっといて、ワタシは憂に訊く。

「思いつかない?」

「ええ」憂は顔を曇らせて、「ごめんなさい」とため息交じりに謝った。

「ネコは他の場所にも現れるんだよね?」

 松則くんが夜菜の首根っこを持ち上げ、後ろに下げて、外を眺めながら言った。

 どうせ何も答えられないだろうと思って、ワタシは憂のかわりに質問した。

「ひとつひとつ、教えてくれる?」

「あの木の枝にも現れたわ」と説明され、正面にある物置小屋らしき小さな建物の横にある木へと視線をやった。サルスベリだろう、庭の(あるじ)のように堂々としている。

「何者かが窓を叩いたような音がして、カーテンを開けたら、あの木の枝に、居たの」

 松則くんが待ったをかけた。

「そうだ、感じんなことを忘れてた。ネコの名前は?」

「ポインターというの」

 それってイヌの一品種でしょ! と突っ込むのをワタシはこらえた。

「謎は解けたわ!」といきなり叫んだのは今まで黙っていたヒミヨ。彼女は椅子の上で足を組んで背もたれに体重を預けてふんぞり返っていた。まるで女王様。自分の家のようにくつろいでいる。

 本当に? と相手をするのは松則くんと優だけ。

「ポインターというのは鳥猟犬。獲物を発見すると前方で立ち止まってポイントすることからポインターと呼ばれるようになった。それを考えると答えはひとつしかない」

「それは?」と松則くん。

 ヒミヨはビシッと憂に人差し指を向けた。

「ポインターは、ポインターと名づけたあなたに恨みを持っていてポインターよろしく立ち止まってあなたを狙っている。ポインターは怒っている、私は犬じゃないのよ!」

 ちま~ん。

 何所行くのよ~と夜菜がテクテク歩くシュウゾウをドタドタと追う。シュウゾウは書棚の前に立っている栃宗の足元で止まると、もう一度小さく鳴いた。

「ん?」と栃宗がシュウゾウの存在に気づき、手にしていた本『子猫物語』を書棚に戻した。なんでそんなの読んでるの似合わないわよ! とつっこもうとしたところで憂が言う。

「これから、ポインターが現れる場所を回りましょう」

 みんなコクリと頷く。

「なんでよ! もう謎は解けたでしょ」と、興奮しているのはヒミヨだけだった。


     四


 笑顔の絶えない生活だった。

 ときどきキョウダイとおもちゃの取り合いなどでケンカをしたけど、楽しい生活だった。

 美味しいごはんに暖かい家。

 ぬくもりに包まれた世界。

 いつまでも続くと思っていた。あなたは、それを、信じて疑わなかった。

 しかし暗雲は、すぐソコまで迫っている。

 決して、避けることのできない悲劇が、口を開けて待っている。

 ある雨の日だった。

 悲劇のきっかけとなる階段事件。もしも雨が降っていなくて外で遊んでいれば、もしもプレゼントが違っていれば、悲劇は、連鎖しなかったのかもしれない。

 だが、運命は、正規の道を歩ませる。


つづく

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