第二章 猫叉事件 その1
第一章と同じくふたつのパートで構成されています。
屋敷で起こる怪現象の数々と二人称視点で描かれるストーリーの謎を、お楽しみください。
第二章 猫又事件
一
なんて豪邸! それもそのはず、憂さんの両親は『超』がつく有名人。
『モーホー・ウィズ・マシンガン』やら『エンドルフィン』やら『サッド・マックス』といった大ヒット作に出演していて、しかも、アクション俳優としての活動の合間に監督業もこなしている天才父親、圭介。『醜きいがみ合い女』やら『ラグジュアリーに気をつけろ!』やら『テキサス・ライブス』などに出演している売れっ子セクシー女優、イリーが(ちなみに純日本人)母親なのだ、豪邸じゃなきゃおかしい。
「両親は映画の撮影で海外へ出張中でしばらく帰ってこないの。だから遠慮なくどうぞ」と憂はワタシたちに言って鉄の門をくぐり敷地内へ消えて行った。
そう、ワタシたち。飼育部メンバー全員がそろっていた。ワタシと栃宗と松則くんは制服。夜菜は黒と白のひらひら付きワンピース姿でヒミヨはベージュ色のドレスに赤い手袋を着用している。いっしょに歩くのが少し恥ずかしかった。
「それにしてもバカでかい家ね」とヒミヨが、三メートルはあろうかという鉄の門を眺めながら、ため息をもらした。
「なに言ってるの、ヒミヨちゃんのお家も大きいでしょ~」
「ここまでじゃないわよ」
夜菜の言葉に、ヒミヨも金持ちなの? と驚いたあと、改めて憂の家を観察する。高い塀がはるか彼方まで続いている。建物がまったく見えない。(誇張)こんなところは我が家に帰ってきたという安堵感は皆無。(嫉妬)これほど広い家だと移動が面倒だし掃除も大変だから住みたくない。(妬み)金持ちは金遣いが荒いし、考えが変だし、庶民の気持ちなんて知ったこっちゃないから金持ちになんてならなくていい。(偏見)
誇張……①実際よりもおおげさに表現すること ②簡単に見破られること ③男子諸君は、自分のことを話すときに気をつけたほうがいいこと
「行こうか」と松則くんが先になって門をまたいだ。一同、無言のまま彼のあとに続く。
憂の姿はもうなかった。もたもたしている間に置いて行かれたようだ。
門をくぐっても建物はまだ見えない。とりあえず進む。観葉植物の森。金持ちの象徴である広い庭。(誇張)ラビリンス。こんなの迷子になっちゃうわよ、もう帰りたい、とふてくされたところで豪邸発見。はい、ヨーロッパで見られるようなお城のような屋敷です。五分以上歩かされるなんて人間が住む場所じゃないわ。(超誇張)銀色の大きな扉の前に、一同勢ぞろい。呼び鈴を押す前に、扉が開いた。
出ましたお手伝いさん。メイド服に身を包んだ美女、ではなくて、五十代くらいの普通のおばちゃん。彼女を見て、リアルね、と安心した。
「お嬢様はお部屋でお待ちです。ご案内いたしますのでどうぞ」
建物に入ると眼の前に、出ました噴水。家の中に! ちょっと趣味を疑うけどすごいことは確か。ピラミッドを小さくした形で、四本の白い柱に囲まれ、登頂だけじゃなくて側面からもブシャーと勢いよく水を噴き出している。真上に大きなシャンデリアがあるけどさすがにそこまでは届かない。
噴水のある広いエントランス・ホールの左手に二階への階段がある。大・階・段! 向かって正面、噴水のむこうに扉が二つ。左側の扉の隣に大きなアンティークの時計。出ました振り子時計。絵に描いたような振り子がゆっくり左右に揺れている。エントランス・ホールの右側には扉がひとつだけしかない。
何所が何所へつながっているのかまったくわからない。恐ろしく広い屋敷だ。扉の先にはどんな空間が広がっているのか想像もつかない。案内人がいないと間違いなく迷う。
こちらです、とお手伝いさんが先導し左に曲がり階段を上る。ワタシたちも続く。委縮してしまったワタシは他のメンバーもそうなのかと確認した。
栃宗は何を考えているのかわからない無表情。
夜菜は何を考えているのかわからない笑顔。
ヒミヨは眉根を寄せていて何を考えているのかわからない仏頂面。
松則くんは口をポカンと開けている。うん。圧倒されているのはワタシと彼だけね。いいですよ、別に。
二階に着くと三人が並んで歩けるくらいの回廊が広がっていた。二階は回廊と扉だけで構成されていて、真上から見たら数字の0に見えるだろう。無数の部屋がぐるりと廊下を取り囲んでいる。吹き抜けのおかげで閉鎖感はないけれど、なんとなく牢獄のように感じてワタシは好きになれない。(ねたみ)
角の部屋の前(位置でいうと北西だろうか)で、お手伝いさんが立ち止まり、扉をノックした。中からどうぞと声が響き、彼女はドアを開けた。
「七生さん、どうもありがとう。もう下がっていいわ」
お手伝いさんはうやうやしく頭を下げて去って行った。お手伝いさんの名前がわかったところでワタシたちは憂の部屋へ入った。
広い。飼育部メンバー五人が入ってもまだ余裕。というか教室の半分くらいある。個人で使うには広すぎるでしょ。これだとひとつの行動に時間が掛かるわよ。(嫉妬)正面と左に大きな窓があってピンク色のカーテンをすかして消えかけの弱い光が差し込んでいた。部屋の中央に真っ白なダイニング・テーブルとチェアが四脚。ピンクのテーブル・クロスがかわいらしい。左の壁際に勉強机があり、そこに、憂は座っていた。すでに着替えを済ませていて、黒色のすべすべした奇麗なワンピース姿だった。振り向きざま、彼女は眼を丸くする。
「あら、ペンリアーズも連れてきたの?」
飼育部メンバー全員が振り返って視線を下ろす。
ちま~ん。はいはい。ついてきたのね。もう驚きませんよ。
「ごめんなさい、勝手についてきたのよ。動物はダメだったかしら? でもおトイレはちゃんと教育しているから心配しないで。ちなみにシュウゾウに改名したので、今度からはそう呼んでね」
夜菜が突然、子供のようにキャッキャと騒いで駆けだす。
「猫又はどこにいるの~!」この子は遠足気分だ。
松則くんが夜菜を無視して憂にたずねた。
「ネコのお化けの情報、もう一度くわしく、話してくれるかい?」と、彼が言い終わると同時に夜菜が叫んだ。
「ねえねえ、私たちって、なんだか探偵みたいだね。そうだ、これからはアニマル探偵団って名乗りましょう!」
みんな、聞いていないふりをした。
二
あなたは三番目に産まれた。
母親の胎内で栄養を充分にもらっていたので誕生したときには丸まるとしていて、みなを安心させた。
『空気』を胸いっぱいに吸い込み、大声で誕生の喜びを、祝った! これが酸素。風。大気。世界。
あなたはスグに眼を開けた。これが光。まぶしい。羊水内の闇に慣れていたあなたは恐怖の歌をウタウ。絶叫と不安が、すべてとなる。
そのとき、癒しの手が伸びてきて、あなたの不安感、恐怖心を拭ってくれた。
その手に触れ、あなたは神の存在を知った。
絶望が歓喜へと変化する。
絶叫が笑いへと変わる。
なんて柔らかくて優しくて、暖かい手なのだろう。
神の手に包まれて、あなたは安らかな眠りにツイタ。
生に、感謝しながら。母親に、感謝しながら。
そして家族に幸せを!
つづく




