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序章2 悪魔去りて、ネコきたる

   序章2 悪魔去りて、ネコ来たる


 六月十三日、綿あめのような薄い雲が空一面に広がる晴れた日の休憩時間、グラグラと地面が揺れ、周りからいっせいに悲鳴が上がった。この程度なら震度三くらいね平気平気、と女子の中でワタシだけが冷静だった。みんなかわい子ぶっちゃって、などと考えるワタシはイヤなヤツ。数秒後、揺れも収まり、平常を取り戻した日常に女子たちはいつもの会話に戻って行った。ただ、()()だけは授業が始まるまでずっと泣いていた。

 そんな、ちょっとした事件があった最後の休み時間、(やす) (ゆう)という妙な名前のクラスメイトが机の前にやって来て仁王立ちした。何よ何よワタシは転入生だから目立つでしょってお高くとまっていないしでしゃばらず大人しくしているのに文句でもあるの? と言おうとして見上げると、彼女の顔には焦燥(しょうそう)とも取れる色が浮かんでいた。胸の位置まであるストレートの黒髪が、あやしさを増長させ、ワタシは思わずゴクリと唾を飲み込んだ。

 彼女に対して気に障ることをしてしまったかしら? というか、一度も話したことがないので身に覚えがない。名前ですら最近覚えたばかりなのだ。

 しばらくの沈黙のあと、憂が乾いた喉をングリと潤して、それから最初の一語だけをしゃがれさせた。

「ヅノミさんは、飼育部に入っているのよね。猫についてもくわしい?」

「いいえ」

 人並に、というか、ある理由でかなり詳しいんだけど、心配させた(ばつ)よ、と冷たくあしらった。


 罰……①過ちのある者に科する()らしめ ②お仕置き ③単品で出されると(つみ)と悩む


「え、知らないの?」と不安げに返した憂に対し、しっかりと首を縦に振った。

 大きく落胆する憂。ちょっと冷たくしすぎたかしら、これじゃあヒミヨといっしょじゃない。そう反省したとき、さわやかな笑顔で松則(まつのり)くんが近づいてきた。

「猫がどうしたって?」

 憂は突然の助け舟に(うれ)いのまなざしを松則くんに向けた。が、彼の顔を見たとたん、「あの、あの」と言葉を詰まらせ急にそわそわしだす。

 彼女の顔がニホンザルやソデグロヅルのように真っ赤に変わる。それを見てワタシはハハ~ンと悟った。だから罪滅ぼしではないけれど、間に入ってあげた。

「憂さん。さっきのは冗談よ。話を訊かせてちょうだい」

 彼女は大きく深呼吸した。顔色も元に戻る。そして、とんでもないことを口走った。

「あのね、私の家に、お化け猫が出るの」


 授業が終わり飼育小屋に部員たちが集合。ワタシと栃宗(とちむね)はいつものごとく清掃。松則くんは動物たちの健康チェック。ヒミヨと夜菜は(きゅう)()


 給餌……①餌を与えること ②球児のほうがメジャーなので会話では餌当番がいいこと


 動物たちの餌の食いつきもよく、体温も平常で、みんな元気。シュウゾウも小魚を勢いよく食べている。むしろ食べ過ぎ。このあと家でも食べるんだから。でも、食欲があるということは良いことだというので、後でダイエットさせればいいわね、と決めて一件落着。

 とにかく、みんな健康でよかったよかったと安堵して帰宅時間になったので部室へ移動。全員そろったところで松則くんがヒミヨに言う。

「憂って子がうちのクラスにいるんだけど、どうやらネコのお化けに悩まされているらしいんだ。なにが起こっているのかな? ちょっと気になってね」

 ワタシに訊けばいいのになんでヒミヨなの? と面白くないながらも聞き耳を立てる。

「ネコの幽霊ね~、気のせいじゃなくて?」

「幽霊と妖怪の定義がよくわからないから何とも言いようがないんだけど、とにかく頻繁(ひんぱん)に出没するらしいんだ」

「ふ~ん。ま、薬師寺に行ってお祓いでもしてもらえばいいんじゃない?」

「それはボクも考えたけど、あまり表ざたにはしたくないらしい」

「じゃ、ほっとけば?」

 松則くんは困ったように眉を下げ、「眼の下にくまが出来ているし情緒不安定に陥っているようで顔がすぐ赤くなった。それだけじゃなくて、言葉につまるし挙動不審に陥るくらい参っているみたいなんだよ」

 なんて鈍感なの! と思わず怒鳴りそうになるのをワタシは必死にこらえた。

「ねえねえ、それって(ねこ)(また)だよ。いひひひひ」

 ヒミヨが夜菜へ顔を向けて、「民間伝承とか妖怪の?」と返す。

「そうだよ。憂はね、猫又に取り憑かれてるんだよ。いひ、いひ」

「江戸時代じゃないんだから、いまどきそんなのナンセンスよ」と言ってヒミヨは鼻であしらった。


 ナンセンス……①無意味なこと ②くだらないこと ③馬鹿げたこと ④意外と意味を知らない人が多い英語


「いひひ。怖いんでしょヒミヨちゃん。怖いから信じようとしないんだ」

「はん。誰に向かってほざいているのよ。私はあり得ないって言ってるの。年老いたネコの尾がふた又に分かれて妖怪になるなんてただのおとぎ話よ。年老いたら死んで思い出に残ってそれで終わり。それが自然の摂理」

「じゃあ、幽霊だったら、あり得るんじゃない?」

 ここでワタシが間に入った。ヒミヨと夜菜と松則くんの視線が一斉にこちらへ向いた。ちょっとドキビクしたけど続ける。

「憂さんは言っていた。飼っていた猫は老衰(ろうすい)で安らかに死んだ。家族が見守ったからそれは間違いない。何所かの野良猫なんかじゃない、見間違えるはずがない、と言っている。それを信じるのならば、飼い猫が蘇って憂さんの前に姿を現しているというのは事実。もしも尾がふたつになっていれば、憂さんは《猫又》という言葉を使ったはず、でもそうは言わなかった。『お化け猫』と言った。お化けとつけたからには、普通ではない、また、あり得ない状況で現われているはず。だから、ネコの幽霊と考えたほうがいちばんしっくりくる」

 ここでヒミヨが(あご)をクイッと上に向ける。

「これだけは言っといてあげる。あんたたち、変よ」

「私は変じゃないよ。ツノミちゃんが変なんだよ」

 あなたには言われたくないわよ! とワタシは夜菜にびっくり。まあまあ、とその場を取り持とうとする松則くんにもなんだかイライラする。

 そのとき栃宗が言葉を発した。居たのね。

「行こう」

 十秒くらいの沈黙があり、(もちろんその間みんな黙っていた)

「真相を確かめに」


 こうして、人命にかかわる()(みょう)な事件――(ねこ)(また)事件が幕を開けたのだった。


つづく

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