Ⅱ
「やっと着いたぁ…」
列車で座りっぱなしだったからお尻痛い、と文句を言いながら荷物を抱え、改札を出る。港町故に、独特の潮の匂いがする。
そして、周りを見渡して目的の人物を探す。
「ルイさんとアルさんですね、お待ちしておりました。探索部隊のファストと申します。」
私たちに話しかけながら頭を下げる、探索部隊の証である白い服を着た30代くらいだろうと思われる男性。
「あ、よろしくお願いします。」
アルがそう言って、頭を下げるのにつられるように私も頭を下げる。今日の目的はハーディアに到着して探索部隊と合流することだから、とりあえず目的は達成されたことになる。
「宿はこちらで予約してあるので、向かいましょう。何か荷物持ちお手伝いしましょうか?」
「いえ、そんなに多くないので大丈夫です。」
私がそう答えると、そうですか、と小さく笑って、ではこちらです。と続ける。
「歌姫はどこに居るんですか?」
「あの岬に見える塔です。歌姫の力がわかってから、あの塔に幽閉されて、食事などの必要最低限の行動以外は歌い続けているみたいです。もう少し歩けば歌声も聞こえてくるかと。」
「そう…」
憶測は当たってた。憶測というか、ほぼ確証に近かったけど。
「いつから歌い続けてるのかはわかりました?」
「一週間前、ですかね。ほぼ寝る間もなく…」
一週間ほぼ不眠不休で歌っているのであれば、そろそろ限界も近いだろう。…満月だったのは昨日だから、あんまり長居してるとしんどくなるだけだから、早めに解決しないと。
「アル、荷物全部持ってって。予定変更。先に岬に居るから荷物置いたら来て。」
「えっ、ちょ、ルイ!?」
アルの言葉は無視して荷物を押し付けて岬の方向へ向かう。塔の位置は見えてるし、あの方向に向かえばとりあえず着くだろう。
**************
言われた通り、駅から5分も歩けば風にのって、小さな歌声が聞こえてくる。時折途切れてはまた聞こえて、の繰り返し。
駅から塔まで、意外と距離があったのもそうだけど、塔が見えるから着くだろうと初めて来た土地を楽観視して勘で歩き回ったせいで塔に着いた頃にはすっかり陽は沈んでいた。
はっきりと聞こえる歌声は、ただ淡々としていて。それでも助けてと叫んでるようで。聞いているだけで胸が張り裂けそうだ。
「…やっぱり鍵掛かってるよねぇ…」
あまり期待せずに入り口を押したり引いたりしてみたけど、ガチッという鍵の存在を示す音が返ってくるだけ。さて、どうしたもんか。
ふと違和感を感じて、目の前に広がる月明かりでぼんやりと照らされた海に目をこらしてよく見れば、遠くに時折波に飲まれながらも微動だにせずこちらを見ているいくつかの目が見える。海に住む魔族だろう。
「ふむ、」
ジッと見ていることに気付いたのか、その中のひとりがパシャンと水音を立てて水の中へ消える。その時に見えた魚のような下半身に、納得した。
魔族じゃなくて、人魚か。人魚は歌が好きな種族だから、歌声に惹かれてやって来たんだろう。頻繁にあるわけではないが、よくあることだ。
「ルイ」
名前を呼ばれて振り返れば、そこにいるのはもちろんアル。…不満そうな顔をしているけど。
「…とりあえず、魔族が出没する原因探しからかな。塔の中には入れないから話も聞けないし。」
魔族が現れる原因は2つ。1つは魔族自身の意思で行動してる場合。まあこれは自己があるのが前提だから、低級にはほとんど当てはまらない。2つ目は魔法陣で召喚される場合。召喚される魔族は大半が低級。…魔法陣の完成度と運でまた変わってくるけど、魔法陣さえ消せば魔族も強制的に消える。…これは言わずもがな、人為的。
「この不安定な守護の力で来なくなったってことは低級だろうから…魔法陣の方だと思うんだけど。」
「不安定?」
「宝石を加工無しで使ってるんだから、安定しないよ。感情の振れ幅がモロに伝わるし………まあとにかく、原因探しに行こう。」
と、町に戻ってきて、しらみつぶしに探す前に一度宿に戻る。そこで町の地図を貰い、ファストさんと、もう1人の探索部隊の人を呼ぶ。
探索に使えるような道具は、探索部隊の方が持っている。それが仕事だから当たり前と言えば当たり前なんだけど。
「羅針盤持ってます?」
「ああ、持ってますよ。どうぞ。」
ファストさんが鞄から取り出して、手渡してくれる。懐中時計のような形をしていて、羅針盤といっても方角を調べるものではなく、魔力の波動を調べるものだ。
それを受け取り、魔力を込めると、キン、と金属音がして淡く光り、その一筋が外へと向かっている。
「この羅針盤、いつも途中で消えてしまうんですが大丈夫ですかね?」
「あ、そーなんですか?…まあとりあえず、そこまで行ってから様子見ます。」
魔力がエネルギー源である以上、使う本人の魔力量によって正確さにブレがあるのは仕方が無いところだけど、途中で消えるとなると、原因は別のところだろう。
ぶっちゃけて言うならば、結界とかで妨害されてるとかね。
「ルイ、消えた」
「ん?…あ、ほんとだ」
宿から15分程歩いたくらいだろうか、ほぼ町外れの位置。そこでなんの前触れも無く、羅針盤の光が消えた。
「いつもこの辺で消えるんですよね。」
「んー??」
羅針盤を確認してみるけど、壊れている様子はない。とりあえず、もう少し調べてみる。
「もしかして、この先まで歩いたらまた付いたりしますか?」
「え、なんでわかったんですか?」
驚いたように口を開いたのは今までダンマリを決め込んでいた、キリ。若いとは思っていたけど、ファストさんの息子らしい。補足。
「後ろを指して光るでしょう?」
そう問いかけると、ただ黙って頷くキリ。うんうん、大体わかった。
4、5歩前に進むと不快な空気がまとわりついてくる。そのまま少し止まってみるけど、耐えきれなくなって後ろへ下がれば、ふっ、と空気が軽くなって不快な気持ちは消える。
「アル、ちょっと大鎌だして」
「ほいさ」
アルは言われた通りに大鎌を取り出そうとブレスレットに魔力を込める。すると、宝石から黒いモヤが広がり、アルの手元で鎌の形に整っていく。
「このへんに振り下ろしてみて」
指で示した先には何もない。ただの空中。不思議そうにしながらアルが鎌を振り下ろしたところまでは良かった。けど、途中で何かに邪魔をされるように鎌の形に整っていたモヤがブワッと広がり、空中に霧散する。
「…え?」
声を上げたのは私以外の3人。なるほど、歌姫の能力は結界だったのか。