Ⅰ
「んもう、なんでいくら起こしても起きないの!」
「悪かったって!あー!待ってちょっと待って!」
荷物を抱えて全速力で走る。まさに今発車しようとする列車に飛び乗り、それとほぼ同時に閉まったドアにもたれて荒い息を繰り返す。
「アルがっ、寝坊しなければっ、…こんな走らなくて、済んだのにっ」
「だから、悪いと思ったからっ、荷物はほとんど、オレが持っただろっ」
二人で息を整えながら、ギャンギャン言い合う。途中途中でぜえぜえ言ってるから聞き苦しいのは勘弁してほしい。
ある程度呼吸が落ち着いたところで空いている席を探しに中へ進む。ポツポツと乗客が居るものの、混んでるわけではないから適当に空いてる席に座って、大きな荷物は頭上の棚にのせる。
「……で、なんで寝坊したの。今日朝早いの分かってたじゃん」
朝っぱらからこんな全速力で走るハメになった疲れをぶつけるようにアルに言えば、私の目を見ずに口を開く。
「いやあ、そのぉ…色々事情があって寝たの日が出る少し前くらいでぇ…」
それを聞いてアルが寝坊した理由を察して、露骨に舌打ちをする。
「どーーーっせまた女の子引っ掛けて遊んでたんでしょ、それで寝坊するならアルなんてもーー知らない」
窓際に座ったのを良いことに、アルとは反対方向の外へ視線を向ける。アルが必死に謝る声が聞こえるけどガン無視。行きの長い旅路は反省して過ごせば良い。
女の子引っ掛けて遊ぶのはまだ大目に見る。アルだって健全な成人男性だし?私が好きなことは知ってるけど、それとこれとは別物だって言うし?しょうがないとまで思うよ?
「なーールイ悪かったってーー。今度なんでも奢るからさーー。」
その言葉に少し反応したのを見逃さなかったのか、アルが必死に私が欲しいと思うであろうものを並べて、全部買うから!と宣言する。
「ほんとに?ほんとに全部買う?」
「や、約束する…服でもスイーツでもなんでもルイが欲しい物全部買う」
窓の外に向けていた視線をちらりとアルに戻せば、だから機嫌直して、ね?とまで言われて。盛大にため息を吐く。
「…今度やったら口きかないからね」
「………ハイ」
それで一旦落ち着いて、キャシーさんが途中で食べなさい、と手渡してくれたお弁当をアルが背負っていたリュックから取り出して包みを開ける。
全速力で走ってたし、周りに気を使える程余裕も無かったからリュックがどこかにぶつかってたかもしれない時点でお弁当の中身はお察し。
「ぐっちゃぐちゃ…」
「…………ま、まあ見た目は変わっても味は変わらないって!な!?」
「うんそうだね……って言うか!もーーテンション下がった!」
と、まあこんな調子でハーディアに向かってたわけだけど。3分の2くらい進んできたところで目的である任務に向けて頭を切り替える。
「今わかってるのは、ハーディアに魔族が現れるようになったこと。それに対抗するように歌姫が現れたこと。そのふたつだけか。」
「それだけの情報じゃなんとも言えないからなぁ……歌姫、かぁ…」
「…昨日からなんで歌姫をやたら気にすんの?」
「歌が魔族と対抗する手段だっていうなら、きっと守護的な能力なわけでしょ?ハーディアの守護を担う歌姫は、歌を歌い続けてるんだろうな、って。その歌が止んだらハーディアはどうなるのかな、って。」
多分歌が止めば、それを聞きつけた魔族は押し寄せるだろう。魔族にとって宝石持ち程厄介な天敵はいない。白薔薇の中に居て保護されているのとはわけが違うから、白薔薇に回収される前に消す方法を取るはずだ。
「…歌姫の喉が潰れるのが先か、オレ達が保護するのが先か、か…さっさとしないとまずいわけか」
「そういうこと。更に言えば憶測だけど、どっかに監禁されて歌わざるをえない状況下かもね、普通の人に魔族に対抗する術なんて無いから」
「…そこまで分かってて昨日のんびりしてたのは間違いだったんじゃねーの?」
「それはごもっともだけど、まだハーディアに行ったこと無いから、魔力消費ハンパないのわかってたし、昨日あのまま行ってたら魔力足りなくて中途半端な解決になってた可能性のほうが高かったからね、だったら一日自分が休んででも全部解決出来る方法を選んだ。」
それを聞いたアルは納得いってない表情を浮かべて私を見つめる。そんな変なこと言ってないんだけどなぁ。
「………ルイはそうやって自分が気付いたことを言わずに自分だけで考えて答え出して、それを後出ししてくるから、言ってくれれば良いのにって思うことは多々ある」
「…先に言って、相談すれば良かった?」
「うん」
「……そういうもんか、ずっとひとりで考える方が多かったからあんまり気にしてなかったけど…ごめんね?」
「今度からちゃんと気付いた時に言って、相談してくれるなら良い」
「わかった、努力はする」
ん、と返事をするアルに小さく笑う。アルに教えてもらったことはたくさんあるよ。自分だけで考えるのが正解だと思ってたけど、そうじゃないんだね。
「もーすぐ着くかな?」
「そうだな…あと30分てとこか」
出てきた時には高かった陽も、大分傾いてきてぽつりと光る一番星が見えた。もう少しでハーディアに着く。