Ⅳ
ひんやりと冷たい床の感触で目が覚めた。エネドラはまだ寝ているみたいだ。ゆっくりと意識が覚醒していく感じ。大分体調は良くなったみたいだけど、さすがに全快とはいえない体をゆっくり起こす。まだ多少頭がクラクラするけど、いつものことだ。
硬い床でそのまま横になっていたせいで痛みを訴える体を誤魔化すように大きく伸びをする。それから小さく息を吐いてエネドラに視線を落とす。規則的な寝息をたてるエネドラの頬を指でつついてやればモゾモゾと体を動かして、また寝息をたて始める。
それに小さく笑って、エネドラを起こさないよう出来る限り物音を立てず、部屋を後にする。…やっぱり昨日無理し過ぎたのか、階段を少し登るだけでもしんどい。
自室へ戻り、地下へ入る為に捲り上げていた絨毯も綺麗に直してから、シャワーを浴びる為に浴室へ向かい、昨日から着たままで、汚れている上にシワのついた戦闘服を全部脱ぎ捨て、鏡に映る自分を目にする。
左胸に濃く描かれた赤い薔薇。タトゥーなんてものでは無い、忌々しい呪いの証。
薔薇を指でなぞり、ため息を吐く。
ーー早く、しないと。
焦っても何も変わらないのは分かっている。けれど、この呪いの証を目にする度、残り少ない、追い詰められてる状況を突きつけられている。そんな気がして。
そんな考えを振り払うようにシャワーを全開にする。頭から足先まで伝うお湯の感覚で少し落ち着く。
ーー焦るな、まだ早い…。
息をひとつ吐いて、もう一度呪いの薔薇に触れる。まだ、もう少し余裕はある。まだ、勝てない。
シャワーを止めて、用意していたバスタオルで体を拭う。今日は任務の予定も無いし、適当なTシャツにショートパンツのラフな服。髪を乾かすか少し悩んだけど、外に行くわけでも無いし。濡れた髪のままベッドへとダイブする。
と、同時にドアがノックされる。…少しだけ休もうと思ったのに。返事をしながら渋々起きてドアを開ける。予想通り、というかなんというか、そこにいたのはアルなんだけど。
「アル、どうしたの?」
固まったように動かないアルに声を掛けて、ようやく我に返ったのかアルが口を開く。
「まだ昼飯食べてないなら一緒に…って思ったんだけど、そんな風呂上がりな格好…」
「あーー、やだぁアルのえっちー」
わざとらしく腕で胸を隠すようにしてそう言ってみるけど、そんなこと言われたくらいで動揺する程アルが純粋じゃないことくらい知ってる。
「そんな格好して出てくるから悪いんだろ…大人だからえっちな目で見ますよー。ほら、髪乾かしてやるから。」
「んー。」
普通に部屋に入ってくるアル。いつものことだけど、他人の部屋だというのに我が物顔で物を使う。どこに何が置いてあるかくらい把握済みなんだと思う。
「ほら座って。」
ベッドに腰掛けて、自分の隣を叩くアルに促されるまま座る。カチ、とスイッチが入る音と同時に温かい風が髪を揺らす。
「……体しんどい?」
「大丈夫だよ、昨日満月だったし。まだ平気。」
「なら良いんだけど。無茶だけはしないよーに。」
「んー。」
…常に体調が悪いことを知ってるのは白薔薇の中でもごく一部。アルを含めたホワイト家の人間と、数人だけ。だから、監視の意味も込めてアルと行動することが多い。…アルが私を、なのか、私がアルを、なのかは曖昧だけど。
戦況が整うまでの間、もう少しだけアルと一緒に居れれば、それで。