Ⅱ
コツコツ、とブーツの音が響く。まだ夜明けの時間だから、しんと静まり返っているせいで、やたら大きく聞こえる。
話声もつい声をひそめてしまう。
「さすがに眠たい…」
「じゃあ添い寝してやろうか」
「……言うと思ったけど、アルが一緒に寝れる程ベッドは大きくないって知ってるでしょう」
「知ってた、一応大人の男だしなぁ。狭いのはゆっくり出来ないからやめとこ。オレも疲れたし。」
言いながら、ふぁあ、と大きく欠伸をするアル。2人して夜通し走り回ってたんだから仕方ないんだけど。とにかく体を休める為に自室へと向かう途中の部屋から、探索部隊の証である白い帽子を被った男性が出てくる。
探索部隊、ローザの手掛かりと、宝石の保護を目的とした部隊で、大半は私とアルみたいな戦闘部隊と一緒に行動している。…今回の私とアルみたいに各々で行動して何かあれば合流、ってパターンもあるけれど。
「アルさんとルイさんも任務帰りですか?お疲れ様です」
そう言って丁寧に頭を下げられて、慌てて会釈を返す。
「…流宇も帰ってきたの?」
「ええ、流石に帰る途中で疲れ果てて寝てしまったので今私がおぶって帰ってきたところです。」
「今回は流宇にしちゃ長い任務だったなぁ」
「そうですね…一週間掛かったので、ロメッタさん恋しがって大変でしたよ…」
苦笑して肩をすくめるのを見て、こちらも苦笑する。流宇は確かに優秀な宝石使いではあるけれど、まだ八歳の女の子で、アルの母親であるロメッタを母親のように慕って懐いている。
「お疲れなのに引き止めてすみませんでした。報告書纏めないといけないので失礼します。」
「あ、いえいえ。お疲れ様です。」
ぺこりと頭を下げて去っていくのを見送って、黙り込んでしまった私を見てアルがひとつ息を吐く。
「…流宇のこと考えてんの?」
「……まあ、ね。ちょっと様子見てから休もうかな…」
特に何か突っ込むわけでもなく、「そう」、と短く返してくるアル。口出ししても無駄だと理解してるだけかもしれないけれど。
「おやすみ、ルイ」
「うん、おやすみ…っていうのはいいけど、顔近付けてくるのはどういった意味なのかな?」
「おやすみのちゅーに決まってんじゃぁん」
ヘラヘラとして言い放つアルに盛大な溜め息を吐きたくもなるけど、そこはグッとこらえてアルの唇を手で覆う。
「やーだ。付き合ってもないのにほんと軽率。」
「オレはこんなに好きなのになぁ。じゃーこれで我慢しとく」
自分の唇を押さえてた私の手を取って、そのまま手の甲に唇を重ねて、ニンマリ笑うアル。そしてもう一度「おやすみ」と言って手を振って自室へと向かう。そんなアルの背中を曲がり角で姿が見えなくなるまで見送ってから、アルの唇が触れた手の甲に視線を移す。
「…ほんと軽率…」
アルが触れたであろう辺りに、自分の唇を押しつける。…アルが私のことを好きなんて、本人が隠すつもりもないから皆知ってるけど、私が、アルの気持ちに応える日なんて、来ない。
それなのに、本気で拒みもせず振り回し続けるのはズルいなんて理解してる。多分、アルも振り回されてるなんてわかってる。だから、軽く接してくる。
…もう少しだけ。手放したくないの。どうせ私はアルとずっと一緒には居られないから。